このシェイクとナゲットセットを持ち帰りで三つ
よろしくお願いします
ロタ
「……三木さん、クラさん、この、お店に一緒に行ってもらってもいいでしょうか」
その日、吉田が覚悟を決めて差し出したものは、こたつの上に広がったおでんに似合わず、ポップで、ファンシーで、極めつけに大変キュートなA4サイズのチラシだった。
一月の深夜。
小雪が舞う新横浜は、空を見上げれば雲の切れ間からトリプルアクセルムーンが輝き、しっとりとした空気が漂う。しかし、下界は相変わらず騒がしい。
今日は華の金曜日だからか、いつも控えめな便利モブマンションでも、そこかしこから楽しげな声が聞こえている。
その内の一つ、吉田の部屋でも、恒例となった便利モブオフ会が開催されていた。今日の巨大料理は、オッサンアシダチョウの卵を丸々一つ使ったおでんだ。
前日から煮ているおでんは、具材に良く味がしみ、全てが綺麗な出汁色で食欲をそそる。大根二本、こんにゃく二キロ、練り物数種、ビールのアテに、牛すじにタコ串などなど。三人が食べたいものを食べたいだけぶち込んだおでんは、もう後わずかとなっていた。
「僕一人だと、どうしても行きづらく……」
吉田が頭を下げて、こたつの隅に置いたピンクと水色を基調としたチラシは、十二月終わりに開店したダイナーのものだ。
「良いですよ。わ~映え~Kawaii~」
「イイデスヨ! バエ?」
三木とクラージィの返事は早かった。何の躊躇も無く自分のスケジュール帳やスマホを開くと、行けそうな日をピックアップしはじめる。
吉田は一瞬呆気に取られた後、何とも言えない顔をして口を押さえた。
口がムニュムニュと動くが、言葉が上手く出てこない。とりあえず二人が顔を上げる前に、この緩みきった顔は隠さねばと、指に触った無精ひげを一本抜いた。痛い。
一分もしない内に話がまとまったのか二人がこちらを向く。目が合った吉田は、コホンと一つ咳を落とした。
「……三木さんとクラさんなら付き合ってくれるかな~って思ってましたけど、安請け合いはダメですよ。良いですか?」
「ン? 怒ラレテマス?」
「いえ、これは、心配されてますね~」
「心配? 吉田サン心配ナイ。私、行キマスヨ!」
眉を吊り上げ、指を立てながらわざとらしい声音で吉田は忠告するが、二人は何のダメージも受けない。
吉田が誘った店のチラシを詳しく説明すれば、ポップなハートと星が多用され、ファンシーな虹色のユニコーンのイラストが大きく描かれた、大変キュートなもので。いつも三人で入る大衆向けの多い早い美味いで鳴らす居酒屋とは正反対の雰囲気を醸し出している。
このダイナーは、吉田の業務上付き合いのある会社が経営している飲食店だ。それだけであれば、へぇ~開店したんですね、と他人面できたのだが。二月から吉田が担当する事になっており、自社の関係部分を確認に一度は入店しておいた方が良いと、上司から勧められたのだ。
店のコンセプトは、チープだが可愛い感じを崩さず、ファンシーで、ふわふわで、メルヘンという、若者に好まれそうな要素を全てぶち込んだアメリカンダイナー。おおよそ、おじさんが気安く入れる代物では無い。
上司から仕事を引き継いだ際、これも経験だと思って見てきてくれと言われたのは十二月。年末年始の慌ただしさにかまけて忘れていたが、渡された三割引きクーポンは、利用期日が迫っている。
本当は部下の女性にでも回そうかと思ったが、今後の窓口になることを考えると、自分で顔を出した方が良いに決まっている。
切羽詰まった吉田はせめてもの抵抗で、二人を誘った。
「まあ、確かに、吉田さんがこういった店に誘いたい意中の誰かがいるというのであれば、辞退いたしますが……」
「いませんよ! こういう若者向けの店に、おっさん一人で行く勇気が無くてお二人を誘ったんです。ぜひ、一緒に行ってください……!」
「ゴ飯食ベル、オ店デスヨネ? 三人デ、行クノ楽シミデス!」
三木はニヤニヤと、クラージィはニコニコとしながら、拳を掲げる。どんなことでも平然と参加してくれる二人の寛容さと胆力に、吉田は嬉しさと困惑で頭を抱えた。
嬉しいけれども決断が早い。
三木とクラージィは、そんな吉田を尻目に、さっさと候補を三日まで絞っている。
いいのだろうか、と自問自答している吉田の目の前に、クラージィのスケジュール帳がスッと差し出された。花丸のついている日は全て、吉田の動きやすい土日だ。
「吉田サン、イツ行キマスカ?」
「どこにします?」
「次の日曜日でお願いします……」
***********
日曜日の十九時。
目当ての店は午前十時から、夜二十二時までの営業で、社会人にも入りやすい。夕方に吉田の部屋で集合して、だらだらと来たが、人が多い時間帯のためか店の前には既に長蛇の列ができていた。
開店して一ヶ月ほど経っているのに凄い人気だと面食らった吉田の横で、三木とクラージィはマイペースに、何を食べるかキャッキャッと話し合っている。カップルとカップルの間に挟まれたというのに、何の気負いも無い二人は本当に楽しそうだ。ダイナーという業態自体が初めてのクラージィに三木が説明しているのに、吉田もちょこちょこ口を挟む。前後のカップルも聞き入っているのがちょっと面白い。十代だろうカップルがダイナーの豆知識で話が盛り上がり始めたのをほんわかした気持ちで見ながら、三木さんにウィンクすると、会釈で返された。クラさんが小さく拍手をしている。三木さんは博識なのだ。
そんな冷やかし半分の気持ちで列に並んでいると、吉田のリバーシの反抗的な駒になってしまった気持ちが少し和らぐ。おじさん三人では、どんなに頑張ってもカップルとは言い張れない。人数が三人なのが一番のネックだ。
しかし、二人が吉田の前でリラックスした姿を見せてくれると、落ち着くと気づいたのはいつからだったろう。巨大たこ焼を三人で作った頃には、既にそう思っていた気がする。
三木も、クラージィも、誰かに奉仕することを呼吸するように行える人たちだ。多少自分が我慢してでも、傷ついてでも、人の願いは叶えようとする。今日の事だって内心嫌だと思っていても、吉田の願いならばと承諾しただろう。それは、彼らが獲得してきた優しさであり、矜持だという事も知っている。だからこそ、その自己犠牲にも近い優しさを否定はしないけれども、自分の前では、少しでも気が抜けていればいいと思う。
「……ありがたいなあ……」
吉田は口の中で小さく呟く。この二人が隣人となり、前後を若者カップルで挟まれつつ入るような店に一緒に来てくれることを神に感謝した。
「吉田サン、入レマスヨ」
「あ、ありがとうございます」
ぼんやりとしていれば、予想よりも早く店内へと入れた。
どうやら、テイクアウトと店内飲食の客が混ざって並んでいたようだ。店内で食べる人の方が少ないのか、と少しだけ不思議に思う。
いらっしゃいませ! の明るい声に促され、案内された席へと着いた。ピンクと水色を基調にしたポップな店内は広く、多くの客がいる。さっと見た限りでは、やはり若者客が大半だ。BGMと重なってキャアキャアと歓声がそこら中から聞こえる。
ストライプのエプロンを付けた店員の足元にはローラースケート。吸血鬼も多いのか、念動力を使っている様子もあり、器用にお盆を持って走り回っている。
「いやあ、すごいねえ……」
原色とポップな色合いの店内に少し圧倒される。
基本的に外食をあまりしないクラージィは、派手派手しい装飾が珍しいためにキョロキョロと見まわしていた。
「ピカピカシテマスネ!」
「電飾が多いですね」
床が白黒の市松模様なのが、写真で見たアメリカンダイナーの定番といった感じだ。
水色の壁には、クラージィが感心したように、ハンバーガやソフトクリームを模った電飾が飾られている。ショッキングピンクの合皮製ソファは、ピカピカと艶めきすぎて少々居心地が悪いが、まあ想定内の場違い感と言えよう。
まずは、腹ごしらえと壁側に設置された木製のメニューを三人で覗き込む。
ハンバーガーをメインに、揚げ物、サラダ、そして、多数のシェイクが載っている。料理名は奇抜だが、素材名が横に一文添えてあるため想像はついた。チョークアート調で描かれたイラストは、素朴だが、美味そうで期待が持てる。
「ハンバーガー美味そうですね」
「シェイク、二杯目カラ無料キャンペーンアリマス!」
「え、すごい。そりゃ、人気になる筈だ」
大食漢ではないが、同年代男性――クラージィは肉体年齢――に比べると良く食べる方に該当する三人だ。何となくこういった店はお洒落方向に振り切っている分だけ割高なイメージだったが、そうでも無いのかもしれない。
新規オープンキャンペーンとなっているが、クーポンの併用を考えると、大分元が取れてしまう。しがない会社の一歯車としては、開店祝いとしてクーポンを使わないべきか? と自問自答している間に、水を持ってきた店員に三木がさっさと提示してくれていた。
「クーポンのご提示ありがとうございます! では、注文はこちらの端末からよろしくお願いいたします」
タブレットを渡され、一番こういった事に慣れている吉田が受け取る。メニュー専用のタブレットはお洒落な感じの広告と、写真も含めた料理の詳細説明が映し出されていた。
「当店はいかなる理由でも、お残しは禁止となっておりますので、ご了承ください。ご友人同士でのシェアも推奨しております! では、ネバーギブアップ&ユーキャンドゥーイット!」
女性店員の明るいキメ台詞はどこの机からも聞こえていた。どうやら、この店の基本方針であるらしい。
「ネバーギブアップ?」
「You can do it?」
三木とクラージィが復唱した言葉に悪い予感がした。
飲食店で諦めないで、だなんて激励されることはあるだろうか、否無い。
「えぇ……弊社? やらかしてるの弊社ですかね? もしや、仕組まれてた?」
「吉田さん、判断が早いミキ~、まだ、ぎりぎり普通のダイナーですよ」
クーポンを押し付けてきた上司につい疑いの目を向けてしまう。
ポンチな騒動に遭遇するのはいつものことだが、今回は自分が誘ったこともあり、二人を巻き込んでしまったのであれば申し訳ない。店に入る前に、感謝の念を新たにしたのにと、罪悪感がものすごい勢いで襲ってきた。
ソワソワし始めた吉田を気にしてか、二人が話題を変える。
「俺、ローラースケート履いてる店員って初めて見ましたよ。珍しいですよね」
「吉田サン、結構、男性モイマスヨ。私タチ チャント オ客サンデスネ」
にこやかな二人の言葉に、知らずの内に俯いていた顔を上げた。今まで遠慮していた店内をよくよく観察すると、確かに、見かけたことのある顔もチラホラとある。
そう遠くないソファ席で、タピオカ屋の店長と芋虫形態の吸血鬼、退治される系ヌーチューバーが食べ終わった食器の残るテーブルでぐったりしていたり、カウンターでは頭がバラのマッチョを引き連れた女子高生が食べ終わっていないシェイクを片手にぐったりしていた。
「いや、ぐったりしてる人多いですね!?」
「敵性吸血鬼が潜んでいる可能性が……?!」
「大丈夫デス。アッチノ退治人サン、楽シソウデスヨ?」
奥の方を見ると、左腕にパワードスーツを装着した良く見かける退治人が嬉々としてミルクシェイクに向かっている。
テーブルの上に乗るのは、食べ終わったおびただしい量の皿。
ネバーギブアップ。
そして、ユーキャンドゥーイット。
吉田と三木は悟った。
「量か……」
「量ですね。いや、でも、こっちにはクラさんがいますから! クラさん、今日って夕食っ……!」
「ハイ! キチント食ベマシタ!」
「あ、駄目かも~」
どうして新横浜は、ポンチな店しか集まってこないのだろう。タブレットの写真では、大変美味しそうだというのに、一人一品頼むのは避けようと言う結論に至った。とりあえず、シェアを前提にハンバーガーを二品、シェイクを二品で注文する。
クラージィが足りなさそうだったら、追加しようと、三木と吉田は覚悟を決める。特にペナルティは提示されていないが、こういう時の危機感に従っておいて損は無い。
二人は骨の髄までシンヨコ人だった。
「ワハ、ハハハハハハハハハハハハハハ……」
「ンフッフフフフフ……ふふ、ふふふふ……」
「全部、オッキイデスネ!」
人は為すすべもない状態に直面すると思わず笑ってしまう。
注文してから、十分もせずに、注文の品は卓に到着した。まずは、メインからと、届いたのはハンバーガーが二皿。どちらの皿にも、ハンバーガー以外にポテトとナゲットが載っている。
問題はその量だ。ポテトは山になっており、ナゲットは一人二個は食べられる。
「まず、バンズがデカい」
「私の拳三ツ分アリマスネ!」
両手を合わせたクラージィが、ハンバーガーの上部のバンズと比べる。その大きさは確かにクラージィの手の方が負けている。
三木と吉田に緊張感が走った。
ハンバーガーは、確かに美味そうなのだが。
店内で冷凍生地を発酵、焼成しているというバンズは、表面がパリッと光り、小麦とバターの香りがふんわりと匂う。挟まれたビーフパティもバンズと大体同じ大きさだが、ジュワジュワという音を立てて、肉の脂が滴っており、それを受け止めるトマト、チーズ、レタスを輝かせている。
もう一つ頼んだのは、少しでも悪あがきと、野菜主体のハンバーガーだ。
アボカド、トマト、ピクルス、スライスオニオン、茹で卵、ビーフパティ、フライドシュリンプ、レタス、そして、それらをもう一巡。写真よりも明らかに大きいハンバーガーは、一縷の望みも鼻で笑うかのようにそびえ立っている。
詐欺だ。良い意味で詐欺だ。
しかし、まだ許容範囲である。
男三人でシェアするなら食べられない量では無い。
「あと、シェイク二杯なんですけど……あの、店員さんが滅茶苦茶気を遣って運んでくださってるタワーが僕らの頼んだシェイクじゃないですよね」
そう、ローラースケートの男性店員が、一人一つずつ慎重に運んでくる明らかに大ジョッキで作られた甘味の塔。それが、滑らかに、しかし着実に三人の卓へと近づいてきている。
「え……俺の知ってるシェイクじゃない」
「嘘だと言ってよバーニィ……!」
「お待たせしましたー! ご注文のプリン・ア・ラ・モンストレと、ベリーベリークルセイダーズです! ご注文の品は以上でよろしいでしょうか? では、ごゆっくりお楽しみください。ネバーギブアップ&ユーキャンドゥーイット!」
呆気に取られていた三人は、男性店員二人の息が合った激励に現実と向き合わざるを得なくなる。
運んできてくれたミルクシェイクは前衛的な名前に負けず劣らず、異様だった。
「ミルクシェイクですよね?」
「シェイクの筈だよ……」
「チョコレト、ト、クリーム、ト、プリン、ドーナツ、ト、バナナ、ト、イチゴ、アトCozonac?」
「それは、ワッフルミキね~」
シェイクの上に載っているトッピングを指さし確認していたクラージィに、三木が遠い目で教える。数え上げたもの以外にも、ココアクッキー、奥にアイスクリーム、チェリーが載っていた。
「これ、崩さずに食べるの無理では?」
土砂崩れならぬクリーム崩れが起きそうだ。アンバランスに保たれたシェイクの見た目は、名付けられた通り、まさに怪物。大ジョッキの上にジョッキを重ねたぐらいの量がある。
「カロリーの暴力だよ……」
「甘そうだなぁ……」
これらを食べ終えたとき、吉田の胃袋はどうなってしまうのだろうか。
三木とクラージィに付き合っているだけに、ちょっとやそっとの脂では胃もたれしない。そんな頑強な内臓をもってしても、これは予想がつかない。
「シェイクとは?」
「飲み物なのか?」
「食ベマショ~!」
哲学に足を突っ込みそうになっていた三木と吉田を置いて、クラージィは意気揚々とポテトの山を崩し始める。
「オイシー! カリット、ホックリデス!」
「あ、本当だ」
細長くカットされたポテトは、芋の甘みが強いのか、強めの塩気が丁度いい。そのまま勢いをつけて、ナゲット二つをやっつける。荒めに潰された鶏肉の弾力、ザクッとした噛み応えのある衣が心地よく、スパイスの香りが鼻に抜け、何もつけずとも美味しい。
「うま」
「このナゲット、テイクアウトあるのかな~ビール欲しい~!」
思わず吉田の口からおっさんくさい唸り声が出た。それぐらいには美味い。
「このポテトとナゲットで晩酌したい~!」
「あるみたいですよ。だからテイクアウト列が長かったんでしょうね」
「ハンバーガー切リマスネ~」
吉田がポテトを掲げながら震えている内に、割り当て分のナゲットとポテトを下したクラージィはハンバーガーを切り分けてくれる。
ナイフを使う手つきは容赦がなく、刺さった鉄串を支えに具材もろとも全てを分断した。三木が崩れそうなハンバーガーを支えてくれている間に、吉田が紙のバーガー袋に切り分けられた一人分ずつを入れて、個々の皿に載せる。見事な連携プレーだ。
吉田がちみちみとポテトを崩している間にも、二人の食べ進めるスピードは早い。自分の分を確保したクラージィは、ハンバーガーをギュムッと上下に押し潰した後、惚れ惚れするような潔さでかぶりつく。
「ハンバーガー、オイシー!」
一口で拳半分ぐらいが口の中に入ったクラージィが、飲み込んだあとに笑顔になる。その笑顔につられたのか、三木もハンバーガーを一口齧る。
三木も目を見開いた。
「コレ、オ肉! オ肉デス!」
指さして、一生懸命説明するクラージィに呑み込んでいる最中の三木が頷く。クラージィに感化されて、三木も吉田も口にモノが入っている時はあまり喋られないのだ。
「吉田さん、これ旨いです。クラさんが、何を言いたいかめちゃくちゃ分かります。すごい肉。ステーキよりも肉感あるかもしれない。なんだろう、良い肉の概念を集めた肉?」
「三木さんすごく早口。え、二人ともそんなに?」
丁寧に切り分けられたハンバーガーはきちんと三等分だ。自分の分のハンバーガーを両手で持ってみると、今まで食べてきた一般的なハンバーガーの大きさだった。
崩れないように支え、一口。
「うっま」
「美味いですよね!」
「オイシー!」
人は美味しいものを食べると、つい笑ってしまう。
三人とも、我先にとかぶりつき、ハンバーガーを攻略していく。具材が多様に挟まっているからか、飽きがこずにスルスルと入っていく。食べるのが早い二人は、シェイクも器用に等分してくれ、適度に水分も摂取でき、量は多いのだが、覚悟していたよりも苦しさは無い。
それに、何よりも、クラージィと三木が美味そうに食べていく姿が目の前にある事で、食欲が刺激されているような気がする。
つられて食べていると言ってしまえばそれまでだが、この二人と食卓を囲むことが楽しいために食が進むのだ。クラージィの美味しい、という素直な声や、三木の美味いと落される呟きをつまみに、ポテトを食べる。
「やっぱり、ビールもほしかったなぁ」
「吉田サン、吉田サンガ明日仕事ダカラ、ダメッテ言ッテマシタヨ」
「そうですね、吉田さんが言ってましたね」
真面目な二人に諭されつつも、食べる手は止まらない。何だかんだで、三十分もすれば、三人とも終わりが見え始めた。吉田は一つ目のシェイクとハンバーガーは等分であったものの、それ以降は加減してもらっているので、満腹に近くはあるが気持ち悪さなどは無い。
「可愛い店内コンセプトを裏切る、巨大なハンバーガーとシェイクのお店かぁ……」
ふ、と、自分のブログにこの店のことを書くのであれば、どう書くだろうかと考えた。
まずは、同行者の説明も入れて、三人でちゃんと完食できてからタイトルは考えた方が良いだろう。メニューが巨大すぎるから、あの巨大料理のカテゴリに入れても良いかもしれない。そう、友だちと巨大料理を食べたから。
ぼんやりとしながらも吉田は着々と食べ進める。
ハンバーガーの残りを食べた後に、シェイクを啜り、ポテトを食べた後に、クッキーを齧る。すると、甘い、しょっぱいのループが完成し。
「食の無限機関やぁ……!」
「吉田さん?!」
「ドウシマシタ!?」
吉田は頭中のネタが抑えられず零れ出てしまい、口を押さえた。気が緩みすぎたと、咳で誤魔化そうとするが、心配した二人がオロオロと水を進めてくる。
「いや、ちょっと、学生時代に友だちと巨大料理作ってた頃を思い出して、なんか懐かしくなっちゃって……大したことないんですけど、今日、二人が一緒に来てくれてよかったなぁって。このお店、美味しいけど絶対に一人じゃ入れなかった、いや店を出られなかったと思いますし……本当にお二人ともありがとうございます」
啜っていたカスタードプリンシェイクを置いて吉田は二人に感謝の気持ちを伝える。
そんな吉田に、三木とクラージィは顔を見合わせた。
二人とも一度首を傾げて、ポテトとシェイクをおろす。そして、吉田の方を勢いよく振り向くと、姿勢を正した。
「吉田サン、オイシー、イッパイ、私ニモタラス。福ノ神デス。吉田サンアリガトウゴザイマス!」
「それだと、食神では? いや、それは置いておいて、吉田さんが誘ってくれなかったら、こんな美味しい店俺も知らなかったですし、きっと店構えで敬遠してたと思いますし、本当にありがとうございます」
柔らかい笑みのまま、頭を下げた二人は何の気負いも無かった。
いつも通り、吉田の部屋で良く見る、リラックスした笑顔だ。
吉田は、ふと、最初に作ろうと思った巨大料理はバケツプリンだった事を思い出す。
小学生の時は予算の都合で断念して、中学生になったらできるかと思えば、一人では、きっと食べきれないからと諦めて。夢のバケツプリンを食べることができたのは大学生になってからだった。
色々な巨大料理に挑戦してきたが、就職してからは友だちと都合が合わずに、ただ飲み会だけで終わることが多くなって。
日々の食事は、正直面倒くさいと思いながら、食欲を感じることもなく惰性で向かっていたような気がする。
巨大料理だなんて、もう夢のまた夢で。だって、社会人になって材料や、予算が揃っても、バカな事をやってくれる友だちがいなくてはできないことだから。
それが。
「クソデカ料理ト言ッタラ吉田サン、デスカラネ! キット神ノオ導キデス!」
「え、吉田さん、クーポンくれた方って吉田さんの趣味のこと知ってます? 御社が仕組んだ可能性でてきましたけど……?!」
「仕組ンダ?」
この笑顔の、どれ程得がたいことか。
いつでも受け入れてくれる友だちがいる幸運を吉田は噛み締める。
「今度はテイクアウトも良いですよね。残っても安心ですし」
「私食ベマス! 残シマセン!」
それにしてもシェイクが甘い。奥歯が痛くなってきたのは、気のせいでは無いような気がする。
喉奥から笑い声が漏れてきた。
「ンフッフフフフフ……ふふ、ふふふふ……!」
「吉田サン?」
「キツくなってきました?」
最後のポテトを口に放り込んで、残っていたシェイクを一気に飲み干した。
ジョッキを、トン、と机に下ろす。
清々しい笑顔の吉田を、三木とクラージィが眺めた。
「また三人で来ましょうか! メニュー全制覇目指しても良いですし!」
「ジャア、追加イイデスカ?!」
三木と吉田は、一度見合わせてから真顔になる。
「それは、次の機会で」
「お願いします」
腹は限界を訴えていた。