top of page
sozai_image_196073.jpeg

 

 稲妻に祈り

真央りんか 

​ 

 マンションで並びのお隣同士、吉田の部屋に三木とクラージィが寄り集まって、今夜も夕飯を共にしたところだった。
 夜になってもまだ蒸し暑い日々、吉田の部屋は飼い猫のために一日中涼しくしてある。両隣の三木とクラージィが自室でエアコンをあまり使わないこともあって、吉田は食事に限らず二人を部屋に呼び寄せるようにしていた。
 三木はいろいろと切り詰めていた頃の癖が残っていて、健康に悪い程度にエアコンの使用を控えがちだった。吉田とクラージィが気付いて説得したことで以前よりは使っているが、もちろん全然足りていないので吉田から何くれとなく呼び寄せている。吉田の部屋で過ごす分の電気代を払いますという主張を叩き伏せたのは、冬の暖房代でも通った道だ。
 クラージィは寒い季節よりもかなり過ごしやすそうだが、さすがに人間の体温より高い室温には暑さを感じている。おまけに湿度にやられてしまう。それでも切羽詰まった感覚ではないので、冷房を点けることがあまり意識にのぼらず、そのまま寝てしまって日が昇る。蒸し暑い部屋で寝ることが続いて少しくたびれてきたクラージィは、吉田の勧めを受け入れて、夜が空いていたら吉田の部屋に来るようになっていた。着るものを調整して吉田の部屋にいるのは楽そうだ。
 この頃はクラージィが寒くないならと、食事を共にするときは温めない献立になることも増えていた。本日はエビとアボカドとトマトソースの冷製パスタに豆腐とひじきのサラダ。
 ソースは先に作って冷やしておいたので問題なかったが、たっぷり茹でたパスタを手早く冷やすのに氷が足りず、三木とクラージィの冷蔵庫からも持ち寄った。そんなちょっとしたバタバタの甲斐あって、店ではまずお目にかかれない量で満足できる味となった。
「冷製パスタってこの量だと冷やすのに時間かかっちゃうんですね。経験値増えました」
「おかげで今夜もおいしかったです」
「よかったです」
 先に食べ終わった三木と吉田が「ごちそうさま」と頭を下げる横で、まだもりもりと食べているクラージィはにこにことおいしさに賛同している。
 ちょっと麦茶の追加仕込みますね、と吉田は立ったついでに空いた食器を流しに寄せて、お茶のパックをやかんに放り込むとコンロにかける。換気扇を強くした中でも聞こえる轟きが、窓の外から伝わってきた。
「雷、ですね」
「ですね」
 窓に近い位置に座っていた三木が振り返り、膝をつく体勢で体を伸ばすとカーテンをめくった。ベランダの上部に覗く黒い夜空が、青白く光った。そこから長く感じる数秒を数えれば、また低い轟きが伝わる。
「遠そうですね」
「雨降ってます?」
「いえ、降ってません」
 吉田の問いに、闇を見つめて確認してから答え、カーテンを閉めて三木は元の位置に戻った。一人無言だったクラージィは、パスタをもぐもぐと頬張ったままキョロキョロと周りを見る。
「猫ならベッドに潜ってるかもしれません」
 クラージィの視線に応じて、吉田が寝室を顔で示した。三人の集まりにすっかり慣れた吉田の愛猫は、気ままに室内をうろつくこともあれば、どこかで寝ていることもある。寝室にいるなら、雷鳴が過ぎるまでそこで安全に籠もっていることだろう。吉田の答えに、クラージィは気遣わしげだが納得したように頷いた。
 パスタを茹でた時の暑さを思い出しながら、コンロの前で麦茶が沸くのを待つ。ぐらぐらとした音と共に、香ばしい香りが立ち昇る。
「ゴチソウサマデシタ!」
「はい、おそまつさまでした」
 吉田がぼんやりしていると、クラージィが元気な挨拶をして、自分の分の食器を手に三木と一緒にやってきた。三人横並びとなりキッチン周りが途端に狭くなる。
「じゃあお皿お願いしますね。僕はさっき話したお土産出します。麦茶……一杯目は冷やさないで熱いの飲みましょう」
 冷えたメニューだったから、少し腹を温めた方がいいだろうと提案すると、クラージィは笑顔で頷いた。
「熱イオ茶、ウレシイデス」
「俺もです」
 二人が洗うのと拭くのを分担して片付けている間に、吉田は土産の包みを開けてテーブルに出すと、三人分の麦茶を淹れた。
 食後は二人が皿洗いを請け負ってくれるのが、よくある流れとなっている。食器が一人分の頃には検討してもいなかった食洗器を、三人分の頻度が増えてから迷うようになった。相談すれば要らないと言われるだろうと思い、一人で考え結論を引き延ばしている。水が冷たい季節が次に巡って来る前にもう買ってしまおうと、並んだ二人の背中を見ながら、吉田は心を決めた。
 三木が最後に洗い桶を洗い、新しくできた氷を入れて水を張ると、まだ麦茶が残っているやかんをトプンと漬けた。

 再び三人でテーブルを囲む。
「食後のデザートというか、おやつなんですけど」
「お、雷おこしですか」
 出された品に三木が声をあげた。
 出張というには大袈裟だが、仕事で都内に出た折あまり訪れないエリアだったので、吉田は帰り際に道すがら買ってきたのだ。それを夕食前に「菓子的なものがあります」と報告してあった。
「菓子的というか、菓子ですね」
「まあ、曖昧にすることなかったですね」
 テーブルの中央に、ガサッと無造作に出された雷おこしの山から、吉田が最初に一つ取ると、いただきますと三木が次に続いた。クラージィも一つ取りまじまじと包装を見る。
「カミナリオカシ…オ、コシ?」
 聞いた音を自分の知識に当てはめてみたようだが、表面に印刷された商品名のひらがなで勘違いにはすぐ気がついていた。
「おこしというのは、米などに熱を加えてから飴で固めたお菓子です。…そう言えば具体的な作り方は知らないな…」
 クラージィの疑問に答えてから、独り言のように呟いて、一口ボリッと雷おこしを齧ると三木はスマホで作り方を検索しだした。
 クラージィも一口齧ると、だんだん顔が明るくなる。噛み砕いて飲み込んで、感想が飛び出した。
「ゴリゴリ? ザコザコ? オ米、ゴ飯ト違イマス。デモ美味シイデス」
 それは良かったと、吉田と三木も笑顔になる。
「口ノ中、ゴリゴリ鳴リマス。ダカラ雷デスカ?」
「雷門という有名な門があるんです。…あれはなんで雷なんだろう」
 吉田も一口齧って、スマホで雷門を検索する。
「ええと、浅草というところに有名なお寺があって、そこの入り口の門が雷門と呼ばれてるんです。ここの両脇のところ暗いですけど、中に雷の神様の像……木で似姿を彫ったのが入っているんですよ。その像がいるから雷門と呼ばれるようになったらしい、ということです」
 吉田は出てきた説明から画像部分を拡大して、クラージィにも見せ、内容が伝わっているかを窺いながら説明する。クラージィは画面を覗き込んで、観光客の多い雷門の画像に目を丸くした。
「オ寺、人タクサンデス。シンジンブカイ」
「うーん、たしかにお参りに来てるんですけど、この門から中に入るとお店がたくさん並んでるんです。観光目的が大部分ですかね」
「オゥ…」
「それで、この門のすぐ隣に雷おこしのお店があります。あ、僕が買ったのは駅の別の店ですけど」
「ナルホドデス。オミヤゲ、アリガトウゴザイマス」
 ふんふんと頷いてから、すっかり納得いったらしい。クラージィはボリッと続きを食べ始めた。雷おこしは食べていると口の中の音が大きすぎて、話を聞いていても頭に入りづらい。そのため食べるのを待っていたようだ。
 吉田も説明が終わると無言で残りを食べて、ボリボリ噛み砕く。飴の香ばしさとほのかな甘さ。ふんわりとした米の香り。素朴な味わいを懐かしく感じながらどこか違和感もあり、吉田は思い出を探った。
「小さい頃に食べたとき、めちゃくちゃ固かった覚えがあるんですよね…子どもだったから顎の力が足りなかったのかな」
「以前は確かに固かったそうですよ。現代のニーズに合わせて食べやすいのが増えたみたいです」
 雷おこしの説明を探していた三木が、作り方以外にも行き当っていて吉田の疑問に答えをくれた。
「えー、そうなんだ。お店でちゃんと商品見比べたらあったのかな。店頭に出てたのをパッと買ったんで」
「品数あるところじゃないと置いてない場合もあるでしょうね……一般的なおこしだったら、自分で作る場合、ポン菓子やシリアルで作ってる人もいるみたいですよ。これだとずいぶん軽いタイプになりそうですね」
「そうか、おこし自体は、その辺使えば固めるだけだから家でも作れるのか。難しいのは飴の硬さ調節ってところですかね」
 吉田はふとひらめく。
「……大きいのを一人一枚とかできちゃいますね…」
「…また夢のある話がきましたね」
 三人で目を見交わす。吉田はいたずらっぽく、三木は面白げに、クラージィは期待に目を輝かせている。
「作り方研究して、そのうちやっちゃいましょうか」
 新しい計画にニヤリと笑ったところに、また雷鳴が響いた。さっきよりも大きい。
「近づいてきましたね…あ」
 ざあっという雨の音がした。窓を閉め切っているのに、すっと気温が下がったのを感じる。
「クラさん、冷えてませんか?」
「ダイジョウブデス。デモ、オ茶アッタカイ、ウレシイデス」
「胃が落ち着きます」
「ふふっ、お代わりするなら、レンチンしましょう」
 そこに、部屋の明かりがまたたいた気がした。三人で顔を上げる。
「停電デスカ」
「一瞬ですから、ちょっと不安定になっただけかな」
「俺はお二人につられて見ただけで、特に感じませんでした」
「あー、じゃあ雷がちょっと壁に映ったのが目に入ったのかな。三木さん、窓が背中側ですもんね」
 三木が振り返ったところで、カーテンの端が白く光った。遅れてドロロロと低い音が響く。
「だいぶピカピカ来ましたね」
 ボリ、ボリ、と黙ったまま新しい一つを食べ終えて、クラージィはぽつりと言った。
「私、雷、見マシタ」
「今、目に入りました?」
 クラージィは頭を横に振った。
「起キテ、スグデス。イロンナコトアッテ、イツモハ忘レテマス」
 起きて、という言葉が何を指しているかはすぐにわかった。
 二百年近く眠り続けて、新横浜で目を覚ました吸血鬼、クラージィ。
 元々は人間で、吸血鬼となったことも気付かず、この地に降り立ったことは身の上話として聞いていた。運命が動き出した瞬間の思い出話に、吉田と三木は雷おこしを齧るのを一度止めて、黙って聞く。
「夜ナノニ街ハ眩シクテ、空ハ虹ガ出テマシタ。虹ニ雷ガ光リマシタ。アンナ空ハ、初メテデシタ」
 クラージィはカップを両手で持ち、手を温めながら話す。
「コノ町ハ、人間ト吸血鬼ノ町。ダカラアレハ、ミワザ…奇跡ト呼ブモノデハナイノデショウ。タダヒドク、……美シカッタ。私ガ起キテ最初ニ見タノガ、アノ虹ト雷デ良カッタデス」
「…そうですか」
 しみじみと思い出しているのだろう、二人のどちらも見ず、空を見つめているクラージィの目は柔らかかった。
 ふっと息をついて、クラージィが茶を飲む。なんとなく、吉田と三木も同じタイミングで茶を飲んだ。
 吉田と三木は、クラージィの知らない情報を持っている。これまでの世間話から窺えたクラージィが新横浜へやってきた時期に、虹と雷という情報を重ねると、それはまず間違いなく新横浜全体が強制参加となった、鬼ごっこの夜のことだ。
 バイト中に巻き込まれた三木はそれなりに、見物する程度にと家から出ていた吉田もそこそこに、あの夜の状況はわかっている。
 クラージィが見た雷は、確かに御業などというものではなかった。あれは——

 

——サンダー・ボルトさんだ

 

 雷の能力を持つ一風変わった吸血鬼を思い出すと、それぞれに去来する記憶があった。
 ボリ、と無言の空間に雷おこしを噛み砕く音が鳴る。
 ボリ。

 ずいぶん前のことだ。
 三木が買い物に出ると、行く手におなじみのカーディナルレッドの装束の退治人とすぐ死ぬ吸血鬼がいた。二人の傍に立つ見慣れぬ男の挙動が不審で、いつものごとく何らかのポンチだろうと判断し、ささやかな同情と感謝を胸に前を通りすぎようとした。
 上半身をはだけ、突然男が大声で喘いだ。不審すぎて避けようかと一瞬ためらったのだが、この町には全裸やマイクロビキニといった露出狂が闊歩しているので、退治人が横で監視しているならおとなしいものだ。
 そう考えて歩みを止めずにいたら、退治人も一緒に大声をあげ始めた。気付きたくはなかったが、近づいたことで、男がスタンガンを自分の両乳首に当てているのが見えた。確実にポンチだ。わかってやっても痛いのだろう、当てては喘ぎ声をあげている。
 どう見ても変態なのに、その行為は止めるべきものではないらしい。赤衣に銀髪の有名人は隣で付き合って声をあげている。異様な光景に目を離せずにいたら、三木に気付いたポンチ吸血鬼がスンとやめた。羞恥心はあるらしかった。
 後でギルドから回っている出没吸血鬼のレポートを見て、あの変態がどんな吸血鬼かを知り、表立って活躍する退治人は大変だなと改めて同情した。
 このことは友人で漫画家の神在月にも話してない。たぶん直後はタイミングが合わず、わざわざ連絡したり、後々までネタとして温めておくには、この町はあまりにも新横浜だった。
 あの頃はまだ、吉田とも知り合っていなかった。顔だけは広く、ただ忙しく働いて、日常のくだらないネタを世間話で誰かと共有することはなかった。
 今は、ささいな日常を分かち合う人たちがいる。
 変態的な記憶から戻って、三木はテーブルを共に囲む二人を見た。

 

 ボリ。

 

 ずいぶん前のことだ。
 吉田は以前から自炊はしていた。家に猫もいることだし、まっすぐ帰っていた方だと思う。それでもときどき、会社での感情を家に持ち帰りたくなくて、間に一息いれることはあった。コンビニのイートインで過ごすこともよくあった。
 その夜は、イートインスペースに先客がいた。珍しいことではなかったので、気にせず隣に座った。ほぼ定時で会社を出ていて、帰るまでに返信来なかったな、とPCを開いてメールだけチェックする。
 異変が起きたのはすぐ後だった。隣の客が服を脱いだと思ったら、大声を上げだした。自分の乳首をクリップで挟んでいる。突然すぎて逃げることも思いつかなかった。
 変態の人だ。たぶん吸血鬼だ。近頃は人間の変態も出没するというが、なんとなく吸血鬼であってほしい——と、隣の変態の顔を盗み見て気付いた。
 この数日前に吉田は下等吸血鬼に遭遇して、駆け付けた退治人たちに助けてもらった。その時とどめを刺したのはギルドの退治人ではなく、割って入った一人の高等吸血鬼だった。隣の彼だ。
 そういえば、電撃技を使っていたなと思い出し、隣で行われている行為をおぼろげに理解した。
 危ない人ではないらしいのは安心したが、周囲から見れば吉田は変態の隣にいる人になってしまう。先日はありがとうございましたと心の中で礼を述べ、何も気にしていないよう装って、そそくさと席を立って店を出た。
 この町といえど、なかなかにインパクトのある出来事だった。帰宅して猫とたわむれて、「今日、変態がいてさ…」と言いかけたが、通じなくとも猫の耳に入れるのをためらった。
 どうしても発表したいほどの大事件ではない。社で世間話的に持ち出せば、内容が内容だけにセクハラに当たるかもしれない。そして、本人は特に悪事を働くでもなくおそらくただ充電していただけのことを、SNSなどで文字だけでも不特定多数に流す気にはなれなかった。
 あの頃、絶妙にささやかで絶妙に特殊な体験を話す相手はいなかった。

 

 ボリ、ボリ。
 追想にふけっていて吉田はテーブルの上に目を落とす。視界の隅にクラージィと三木がいる。
 ささやかなことも大切なものも話せる相手が。
 顔を上げると、クラージィはまだしみじみとした表情で雷おこしを噛み砕いていた。その手元には剥いた包装フィルムが増えていた。三木の方を見ると、三木と目が合った。なんとなく互いに微笑んだ。
 この町にいればいくらでも似たようなことは起きる。その時に話せる相手がいる。
 今はあの雷の正体を口にしなくていいだろう。

 

 またカーテンの端から青白い光が漏れた、と同時にバリバリバリと雷鳴が空気を震わせた。
「急に来ましたね」
「いちど猫の様子見てきます」
 そう声をかけて、吉田はいったん席を外して寝室に向かった。案の定ふとんに潜り込んで緊張と不満で固まっていた猫の機嫌をしばらくとってから戻る。
「出たくないってぐずってました」
 報告しながら、戻ってきたその場の空気を真面目なものに感じて、どうしました?と訊ねた。
「雷と信仰の話をしてました。あなたにとって雷とは?みたいな」
 三木がそう表現したのをクラージィが軽く微笑んで頷いていたので、深刻に掘り下げていたのではないらしい。
 吉田は、ああと頷いて席につく。
「現象の規模が大きいですから、人智を越えた存在として捉えるのは、信仰を選ばないというか」
 三木はそう補足する。二人の間の会話は区切りがついていたようなので、吉田はまた一つ包みを開けながら思いついた話題を口に出した。
「クラさん、日本の雷の他の呼び方知ってます?」
「雷……デイン、デスカ?」
「んふ、雷魔法ですね。それもありますけど、稲妻って聞いたことあります?」
「ハイ、アリマス」
「漢字で書くと稲の妻、稲の奥さんです。稲はわかりますよね」
「ハイ。オ米ノ出来ル草」
 そこでクラージィは小首をかしげる。米と雷との関連がわからないらしい。
「雷が多いと、その年はお米が豊作…たくさん取れるんですって。それでどうして奥さん、パートナーになるのかは不思議ですけど、相性のいい組み合わせってことなんでしょうね」
 小さめに一口齧ってボリボリしてから、もちろん落雷で被害が大きくなるのは困りますけど、と付け加えた。
 ふっと瞬きのように室内が暗くなって戻る。
「おっ、と、これは本当に暗くなりましたね」
「電気、元気ナイ」
「吉田さん、TVとかゲーム機外してます?」
 そう会話している間も、ゴロゴロと鳴っている。
「これが過ぎていけば、じきに新米の季節ですね」
「新米オイシイデス。オチャワン、大盛リシマス」
「お米たくさんとれるといいですね」
「そうだ、新米が出たら、おにぎりたくさん作って散歩にいきましょうか」
「オニギリピクニック!」
「ははっ、大きいおこしも待ってますよ」
「大キイオコシピクニック!」
「え、いやそれはどうだろう、行けるかな、行けるか」
 戸惑いながらもその絵面を思い描くと、三木とクラージィも想像したようでクスクス笑う。
 流れるように雷おこしの山に手を伸ばしていたクラージィが、残りが少ないことに気付いて、手を止めた。それを見て吉田は笑う。
「クラさん、もっと食べちゃっていいですよ。三木さんもよければ」
「吉田サンガ買ッテキマシタ。ナノニ私ハ、イツモイツモ…オイシイデス」
 言葉と表情は苦悩しながら、あっさりと一つ手に取って、クラージィはボリボリ齧る。用意したのが三人のうち誰であっても、食べる量の比率についてはとっくにならいとなっている。三木もフッと笑って、自分も一つ手に取り、ボリっと音を立てた。
「僕もちゃんと食べてますよ、こうして一緒に食べれて嬉しいです」
 そう告げて、吉田も手元の食べかけを齧る。温くなってきた麦茶と合わさって美味い。
 三人でまた無言になってボリボリと音を響かせていると、ドゴンッと衝撃のようにひときわ大きく雷鳴が轟いた。部屋の中の空気が揺れて、吉田は軽く首をすくめた。
「どこか落ちましたね。ちゃんと避雷針に落ちたならいいんですけど」
「それにしても、こんなに鳴るの久しぶりですね。ここもちょっと行くと田んぼですし、豊作になるといいですね」
「オ米、タクサンヲオ祈リシマス」
 クラージィの言葉に残る二人は「はい」と笑顔で応じる。

 

 雷雨はしばらく止みそうにない。不穏げですらある外のゴロゴロという音を背景に、三人はおにぎりの具は何がいいかという、いつもと変わらぬ呑気な会議を始めるのだった。

bottom of page