便利モブ三人衆と闇鍋しりとり
野良
◇◇冬◇◇
「クラさん、寒くないですか? もっとエアコンの温度上げましょうか? あ、電気ストーブもありますよ。湯たんぽも。……べ、べって難しいな。……べっこう飴」
「アー、キコム、シテマス。ダイジョウブ。……メンタイコ」
「これ以上、温度上げたら三木さん汗だくになりますよ。今もちょっと汗かいてるでしょ? ……小松菜」
「クラさんが着込んでいるのならば、俺は脱がなくてはっ。……なずな」
「ミキサン、ソレイジョウハ、ラ、ナルシマス。……ナスビ」
「既に半袖半ズボンですもんねぇ。あ、このしりとりどれだけ続けるか決めてなかったですね。とりあえず、一人四つ、十二にしておきますか。……ビーフ」
「はい。……ふかし芋」
「ハイ。……モモ肉」
と返事をする隣人に、吉田は笑みを浮かべた。
闇鍋しりとり
読んで字のごとく、食材だけでしりとりをおこない、その食材だけで鍋をするというものだ、
始めはクラージィの日本語の勉強もかねて普通のしりとりをしていたのだが、途中からしばりを入れ、そこにクラージィの食欲と、三木の気遣いと、吉田のいたずら心が合わさって、闇鍋しりとりになった。
闇鍋といえば、吉田の経験上、一つ二つ、なんでコレ入れた!? という食材が混ざるものだ。
だが、今回は入らないだろうなぁとふんでいた。
というのもこの隣人達とは数ヶ月前顔見知りとなり、頻繁に話すようになり、定期的に食事会まで開催するまでには至っているが、気を置けないとまではいかず、時折、どこか探るような遠慮が顔をのぞく。
それを寂しいやもどかしいと思いはしなくない。
だが、まぁ、三人とも大人なのだ。
若い時のような無鉄砲ともいえる距離の詰め方はできない。あれはある意味、特定の環境の元、社会を知らないかったからだ。
傷つくのも傷つけるのも怖くなって、臆病になったとも言うかもしれない。
つまるところ、諦めの方が強い。
「そういや三木さんとクラさんて、好き嫌いってないんですか? なんでも美味しそうに食べてますけど。アレルギーでも。……黒豚」
「好き嫌いですか? 俺は特にないですねぇ。そういう観点で食事をした事がないというか、胃に入っちまえば全部、結局エネルギーですし。好き嫌いに使う力量を仕事に向けたかったというか。アレルギーもないですね。……タイ」
「ナンデモ、イタダクシマス。ドクモエイヨウモ。……イカ」
「クラさん、毒は毒です。ぺっして下さいね」
三木がクラージィを注意する。
吉田は、『いや三木さんも方向性が違うだけで、味覚に対してお話が必要』という言葉を、なんとか飲み込んだ。
二百年前の元悪魔祓いのクラージィの生い立ちは壮絶なものがあるであろうし、三木も会話の端々から苦労してきたのがみてとれる。
そんな二人に踏み込んだ話をしていいのか。
少し悩み、口から出てきたのは、
「…………カイ」
最後の食材を告げる言葉だった。
◇◇春◇◇
なんて事もあったなぁと、吉田は桜と枝豆のおにぎりを食べながら思い出す。
ほんの数ヶ月前の事だが、あれからだいぶ、三人の中で遠慮がなくなってきた。
主に吉田の。
というのも、クラージィも三木も、遠慮なんて言っている場合か、という問題を抱えていた。
まずクラージィ。
境遇からしてほっとけなさがでていたが、それよりも生来の善性とフィジカルの強さゆえの愚直さが問題だった。「ヒ、ダメナッタ、シッテル。デモ、アノヒト、コマッテマシタ」と、日が上り始めても人助けしようとする。遠慮して忠告をしなければ、知らない所で塵にかえってそうなのである。
次に三木。
始めの方こそ常識人……訂正、廊下で挨拶するぐらいの関係の時は常識人だろうなぁと思っていたが、三人で話すようになってからは序盤で奉仕体質が滲み出た。仲が深まる毎に、奉仕のアクセルが踏み込まれていく。ちなみにブレーキペダルがあるかは吉田の中で審議中である。
そんな二百年前からタイムスリップしてきた日本語も怪しい善性MAXの吸血鬼と、奉仕体質で奉仕依存気味で行動力ありあまる人間。
間に挟まれたとあっては、遠慮とか言っている場合でなかった。
一番大きなきっかけはあれだったなぁと、吉田は夜空を飾る桜を見上げる。
クラージィがお土産として、ニンニク入り餃子を貰った。
貰い物だからと食べようとするクラージィを片手で全力で止めつつ、相手の名前を聞き出した三木が日本刀持って部屋を出ようとするのをもう片方の手で全力で止めた。
クラージィも三木も、貰イ物ヲ無下ニハだとか、脅すだけですってとか、ニンニクモ食ベタライケルカモシレナイとか、ちゃんと俺一人の責任にしますしとか、なんだかんだと言い訳してくる。
そんな二人に、吉田の何かがふっきれた。
遠慮とか大人の距離感とか、そんなものを気にしてる場合じゃないと。
だからまず、エビを用意した。
実はエビアレルギーなんですよね〜、と嘘をついて。
「え、でも吉田さん、エビ食べてなかったですっけ?」
「尻尾がアレルギーなんです。そこ食べなければまぁいけるっていうか。後、体調が悪くなければ尻尾食べても重症化はしません」
高校の時の同級生がこういったアレルギーだった。
「エビって尻尾と身じゃ成分が違うんですよ」
その友人は、一々説明するのがめんどくさいし、嘘だと絡む奴がいるからと、エビの尻尾は嫌いという事にして残していた。
実はエビの尻尾はGの背中と同じ成分だったりするが、そこは豆知識であり話が逸れるので黙っておく。
「それでねクラさん」
ニッコリとクラージィに笑いかける。
「僕、エビの尻尾、今から食べますね」
「ダメデスッ!!」
クラージィに手首を掴まれる。三木などは皿ごとエビを取り上げた。流石、元悪魔祓いと現役退治人、動きが早い。
吉田は笑ったままクラージィに「なぜです?」と尋ねる。
クラージィは眉間に皺を寄せ、難しい顔で返答した。
「……ソレハ、ヨシダサンヲ、ガイシマス」
「そうですね。害するかもしれない、毒になるかもしれない。でも、今は体調も良きですし、栄養になりますって。イケルイケル」
「ダメデス」
「……なぜですか?」
笑顔を消して、クラージィに問いかける。
「クラさんはよくて、僕が駄目な理由を教えてください」
「……ソレハ……ナンカ、イヤデス……」
困惑した顔をするクラージィに、吉田はため息をついた。
「………クラさん。二百年前の生活も価値観も僕には想像ができません。飢えで少々の毒が含まれていても食べなければ、飲まなければ死ぬという場面があったのかもしれない。それとも差し出された物は毒であれ頂くのが美徳という価値観だったこもしれない。でもここは新横浜なんです。毒なら食べないのが普通なんです。それでも食べるのを貫き通すならば、きっと僕が踏み込むべきではない信念なのでしょう。ですが友としては忠告もしたいし、注意もしたいし、咎めもしたい。クラさんが僕の事、心配して止めてくれたように、僕もクラさんの事、心配なんですよ」
「…………スマナイ。デスガ……」
クラージィが目を伏せる。
吉田はそれを見て、まぁそうだろうな、と思った。
三つ子の魂百までではないが、生まれ育った価値観や信念はそうそう変えられるものではない。ましてやクラージィは、二百年タイムスリップしてきて、現代にアップデートしている最中なのだ。
言葉も覚え、家電の使い方を覚え、ほぼ全て変わってしまっているというのに、さぁ早くあれもこれも慣れろは酷だろう。
それに毒をも食らうは、吉田には想像もつかない信念に結びついた決意なのかもしれない。
だから吉田は「よし!」と手を打った。
「聞きに行きましょう!」
「エ?」
「え?」
きょとんとする二人にんふっといつもの笑顔を作る。
「クラさんにソレを渡した人にですよ、ニンニク入りって知ってましたか? って。ほら、知らなかった可能性あるじゃないですか? もし知らなかったら、クラさんそれ食べちゃったら、その人、後悔するんじゃないですかね?」
「! タシカニ!!」
「……えぇと、吉田さん」
面と向かって聞けば、しらばくれる可能性が高い。だが、もし開き直られ、知ってたと答えられたらどうするのだ。
そう、三木が目線で問うている。
吉田は小声で話す。
「その人とクラさんがお話する前に、三木さんと二人っきりにするんで、吸血鬼に人間のような人権が認められてなくとも、犬や猫に毒入り饅頭わざと与えたら罪に問われるというわやわや知識を、あたかも六法全書全部暗記してますていで話せます? 後、人権が認められてないからこその抜け道もあって、彼らに人間の法は通用しない、こわーい親が報復にきても、公的機関は介入をめんどくさがってあんまり動いてくれないよみたいな」
「任せてください」
「それでも無理なら、クラさん食べる前に僕達で胃におさめちゃいましょう。ないものは食べれないでしょ」
三木は早食いもできますと、大きく頷いた。
懐かしいなぁ、とひらりふわりと舞う桜の花びらを見る。
因みに、ニンニクが入っているとは知らなかったとなり、めでたしめでたしとなった。なにやら凄く青ざめ三木に怯え、すぐに引っ越したらしいが、同情する心は欠片もわかなかった。
そして活躍してくれた三木ではあるが、クラージィと別れた後、きっちり説教をした。
そんな事もあったなぁと、桜色のレンコンをポリポリと食べる。
さすが三木さん、作るとなったら美味しく作るなぁと感想を抱きつつ、もうそろそろ現実逃避はやめるかと、離れた場所で下等吸血鬼相手に大立ち回りを繰り広げる三木とクラージィを見やる。
「三木さ〜ん! クラージィさ〜ん! 後、十分ぐらいで吸対や退治人の方々が来るらしいので、ちゃんとそっちに任せてくださいね〜!」
「クラさん! 後、十分で全滅させますよ!」
「ハイ!」
「違うそうじゃない」
ツッコムが、この声はきっと聞こえてないだろう。
諦観の気持ちで菜の花ベーコンを頬張りつつ、食べ物の恨みは怖いなぁと氷の杭やら傘で下等吸血鬼を屠りまくってる二人を見る。
「吉田さんのお重の恨み!」
「ネコサンウィンナーノ恨ミ!」
何故、こんな事になっているかというと、さほど長くない経緯がある。
三人各々がお弁当を作り、花見に来た。
それを提案したのは吉田だ。
楽しそうというのもあったが、便利モブ会の時は盛り付けやら頑張るくせに、一人の食事は蔑ろにしがちな二人に、少しは栄養バランスやら盛り付けに気を配ってほしくて、定期的にお弁当作りを二人に提案している。
余計なお世話なのは承知しているのだが、流石に一人の時は十秒でエネルギーチャージや栄養補助食品やレトルト食品ばかりという三木と、安イノ買ッテ、炒メテ、塩、食べマス! という量重視のクラージィにはお節介を焼きたくなるというもの。
お節介の効果はあり……というか、吉田が気にしているのがバレていて、三木とクラージィは時たま、一人の時に料理をしただの、肉、野菜、魚、果物、バランスヨク食ベマシタ! と報告してくれるようになった。
そんな彼等の変化が嬉しく、僕も頑張ろうとお弁当は力作を作っている。
たくさん食べるクラージィの為に箱はお重にして、どちらかといえば和食が好きな三木の為に和食のレシピを検索した。
そういえばクラージィが最近、タコさんウィンナーに目を輝かせていたなと思い出し、ウィンナーで飾り切りもした。猫やウサギやペンギン、カバと、わりと頑張った。
公園について、お重を開ければ、二人ともとても喜んでくれた。
それが下等吸血鬼が大量発生したせいでひっくり返り、見事、全ての段が土の上にぶちまけられた。
土がついても食べられます! と二人が言い出さなかったのは、三木はクラージィを、クラージィは三木を気にしてだ。
自分が食べるのはいいが、むしろ食べたいが、相手が食べるとなるとまた別。
そんな数秒の葛藤の後、三木とクラージィは下級吸血鬼を退治し始めた。
八つ当たりというものだろう。
元悪魔祓いと現役退治人だけあり、あれだけ大量にいた下等吸血鬼は残り数匹となっている。
退治人達が到着する前に、本当に倒しちゃいそうだ。
二人が退治し終わったら、労おうと、コップに水筒に入れてきた緑茶を注ぐ。
そのコップ全てに一枚ずつ桜の花びらが落ち、茶柱が立ったではないが縁起が良い気がして、吉田は嬉しそうに退治を終えた三木とクラージィの名を呼んだ。
◇◇夏◇◇
夏の暑さが本格的になった頃から感じていた食欲不振。全身の疲労感。立ちくらみに少しの吐き気。
どれもそんなに酷い症状ではないが念の為と病院に行った所、夏バテであろうという診断結果をいただいた。
点滴を打ってもらって、ビタミン剤と漢方薬を貰って、後は安静に。
大事にならずによかったとよかった胸を撫で下ろしたものの、そのままホッとばかりもしてられない。
どうするかなぁと吉田は、うーんと悩む。
今夜、便利モブ会の予定で、巨大料理を予定している。いつも大半をクラージィが食べるとはいえ、吉田も三十歳後半にしてはそれなりに食べる。
そんな吉田の食事量が減っていたら目ざとく三木が気づくだろう。
そして最近、出会った頃が懐かしくなるぐらい遠慮がなくなってきた三木は、クラージィを巻き込んで、ナンデ? ドウシテ? と問うてくるはずだ。
そこで、「夏バテで」などと言おうものならどうなるか。
三木の常時ONしかない奉仕スイッチが強に入る。ようやく最近、弱を覚えてきたというのに。
クラージィはクラージィで、吉田を護らなければならない相手として見ているふしがある。確かにクラージィ、三木、吉田の中では一番弱いのだが、下等吸血鬼から逃げる時にお姫様抱っこされたり、ちょっとした怪我でホイミホイミと寝かしつけられると、ひょっとしてクラさんには僕が深窓の令嬢に見えているのではと聞きたくなる。
つまり、過剰に心配されるに決まっている。
とはいえ黙っていると、後で気づかれた時に面倒な事になる。伝え方を考えないとなぁと頭を悩ませながら、マンションの階段を登っている時、スマートフォンが震えた。
クラージィからのRiNEだ。
『すまない。夏バテなりました、今日、あまりご飯、食べられないです』
おや心配。
と思っている間に、バン! と階段上からドアが勢いよく開く音がした。
吉田の部屋がある階だ。つまり、三木とクラージィの部屋もある。
あ、これは。と登っていけば、ビニール袋片手に三木がクラージィの部屋のチャイムを鳴らしている所だった。
そのまま三木とクラージィの部屋に乗り込んだ。
少し痩せて、モジャ髪もしゅんとなっているクラージィ相手にあれやこれやと質問するのは気は引けたが、素人判断ではなく、ちゃんと診察を受けたのかと尋ねた。
「アー、御真祖様ガキテ、診察シテ帰ッテイカレマシタ……」
御真祖様。
クラージィの親吸血鬼の一族の長で、新横浜を巻き込んでイベントを開催できるほど、巨大な力を持つ吸血鬼だったか。
その方の診察なら安心だろうと、吉田が次の質問に移ろうとした時、
「クラさん、これ飲んで下さい。夏バテには水分補給が必要ですから」
三木が持ってきていたビニール袋から、スポーツドリンクを取り出し、クラージィに差しだす。
「あ、薬は処方してもらいました? 俺のがあるんですけど……」
そう言ってビニール袋からガサゴソと白い紙袋を取り出した。薬を処方してもらった時によく見る白い袋で、ばっちりと昨日の日付が書かれていた。
「あ、でも、人間用だからダメか。ビタミンCがいいらしいですし、レモン持ってきたので………………」
無言だが、けっこうな素早さで紙袋をビニール袋に戻そうとするが、それよりも早くクラージィがその手首を掴む。そして吉田が三木の手から紙袋を取り上げ、日付と中身を確認した。
吉田が処方されたのと同じ薬と漢方薬が入っていた。
「……三木さんこれ、夏バテ用の薬と漢方薬ですよね?」
三木の目が泳ぐ。
「…………きょ、去年の、」
「日付書いてありますし、去年の薬をクラさんに勧める三木さんじゃないでしょう?」
「うぐぅ」
「ミキサンモ、夏バテデスカ?」
「えっと……これは、その……」
三木は冷や汗をダラダラかいていたが、やがて諦めがついたらしく、肩を落とした。
「どうも三木さんにしても用意が良すぎると思ったら、自分用に買ってたんですね」
「…………はい」
「! ミキサン用ノ貰エマセン!」
「俺は大丈夫です! 病院にも行って点滴もうってもらったんで! それよりクラさんです!」
俺よりも、という発言に、クラージィの表情が一瞬で険しくなる。
あ、三木さん、失言した。と悟った吉田は、ちょっとだけ、重心を後ろに下げた。
「ミキカナエ、ソレヨリトハナンデスカ?」
声が低く、重量があるものに変化している。
ドスが効いているとでもいえばいいのか、自分に向けられているものではないというのに、吉田は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
クラージィのこのモードは、初めてではない。
自分を犠牲にしてでも懐に入れたものに奉仕しがちな三木に対して、何度か発動していた。
そして三木は真っ直ぐに叱られるのに慣れてないらしく、この状態のクラージィにらひたすら弱かった。
今のところ、全戦全敗である。
「……だ、だってですよ、」
お、三木さん頑張るな。
「だって、クラさん食べないと死んじゃうじゃないですか……っ!」
それは三木もだと思うが、彼の言わんとする事を察っする。
吸血鬼は血が栄養だ。なのにクラージィは吸血鬼になってから、白い血液しか口にしていない。
万年栄養不足。
それを補う為にたくさん食べなさいと言われている状態なのだ。
そんな彼が夏バテで食べられないとなっては、三木の心配も分かる。分かるが、自分よりも優先されるべきという論調は火に油である。
「ダカラミキサンハ、私ノ為ニ自分自身ヲ蔑ロニスルト?」
「……状況に応じて、優先すべき順位ってあるでしょう?」
「…………ナルホド分カリマシタ。私、食べマス」
「え?」
「ミキサンノ優先順位ガ低クナルト言ウノナラ、私、食べマス。食欲ガナクトモ、噛ンデ飲ミ込ミサエスレバ、栄養ニナリマス」
「ま、待ってクラさん」
「吐イテモ食べマス。吐イタダケ食べマス。問題、解決デス」
「解決してませんてっ! もっと自分を大事に」
「ミキサン、自分ヲ大切ニシナイノニ、何故、私ニソレヲ言イマスカ?」
うぐぅと三木がダメージを受ける。
側で聞いていた吉田は、クラさんもそういうところあるからブーメランだよなぁと思いつつ、口にはしない。
静観をきめこんてまいたが、うーんと考える。
話が拗れかけている。
方向性は違うとはいえ、自分を犠牲にしてでも他者を助けるタイプの二人。
三木は自分が犠牲になっても役に立っている状況でないと落ち着かず、クラージィは自分以外の三木が犠牲になっている事を看過できない。
落とし所を見つけられず、永遠、平行線をたどりかねない。
なので吉田は話を有耶無耶にしようと決めた。
「つるっと食べられる物にしましょうか。素麺でも」
作ってきますね、と、玄関に向かう。
そして、この言葉を言えば、有耶無耶にできる爆弾を落とす。
「いやぁ助かりました。実は僕も夏バテで、食欲が……」
「!? ヨシダサン!? ホイミ!?」
「何立って歩いてるんですか?! すぐに横になってください!!」
一瞬にしてクラージィの過剰な守護モードにスイッチが入り、三木の常時ONしかない奉仕スイッチが強に入る。
その前の話題など吹き飛び、二人は吉田の介抱に必死になった。
◇◇秋◇◇
しつこい夏の暑さが残っているものの、夜になればだいぶ涼しくなってきた秋の夜。
ふと見上げた空には少しだけ欠けた月が浮かんでいた。
そういえばもうすぐ十五夜か。
三木とクラージィと、お月見したいですね、と話していた。月見団子を知らなかったクラージィは、山のような団子を食べられると目を輝かせていたのを覚えている。だが最近、各々が忙しく、スケジュールすら決められていない。
それどころか、なかなか三人で会えていなかった。
寂しいとは感じるが、三人とも仕事をしているよい大人。仕方がないとも思う。
「……無理をさせてもなぁ」
吉田が、最近会えてませんね、寂しいです、とでも伝えようものなら、あの二人の事だ。何としてでもスケジュールを開けるだろう。
そんな事をさせたいわけではない。
お隣さんなのだから、このままずるずると会わなくなる事はないだろうし、折りを見てこっちから連絡をすればいい。
だから、各々の仕事やら一族の集まりが落ち着いてからとも思うのだ。
思いはするのだ。
「……」
でもクラージィが寝る前だとか、三木の仕事の合間にだとか、吉田が早起きしてだとか、そう、ちょっとだけ、ちょっとだけでも三人で会えはしないか。廊下で数分、立ち話でもいい。
「……軽い感じ、なるべく軽い感じで、提案するだけでも……」
一人ごち、信号待ちの為に立ち止まる。
視界の先に横断歩道を渡った先にあるヴァミマが入り、なんとなく店を見る。よくある、新商品やオススメが描かれたのぼり。
そののぼりにはお月見デザートの文字と、団子の絵が。
「……」
チカチカと赤信号が点滅し、青になったタイミングで歩きだす。そのまま吸い込まれるようにヴァミマの中へと入っていった。
大量のスイーツが入ったビニール袋を手に、帰路につく。
考えるのは、文面はどうしよう、そんな事ばかりだ。
「美味しそうで、買いすぎてしまって、一人じゃ食べきれなくて、よかったらみんなでわけませんか?」
新作をつい、なんて言い訳も入れた方がいいだろうか?
どうしようかと考えて夜道を歩いていれば、もう数分もすればアパートという所まで来ていた。
家に帰ったらメモ帳にでも一回、下書きして、と思っていれば、ポケットに入れていたスマートフォンが振動する。
一回、二回、三回……五回、六回……十回。
家に帰ってから確認するかと思っていたが、振動の多さが流石に気になった。
道の端に寄り、立ち止まってスマートフォンを取りだす。
送信は全てクラージィからで、全て猫の画像だった。
「……クラさん?」
可愛いけども、なぜ? と頭を傾げている間に、猫の画像が増える。クラージィではない。三木も猫の画像をあげだした。
「…………」
なんだかよくわからないが、猫の画像なら負けていられない。
こっちは愛猫三匹と暮らしているのだ。とっておきの写真を送る。
三人とも何も語らず猫の画像を送り合って、保存して、そんな事を十分ぐらい続けた後、クラージィが一言だけメッセージを書き込んだ。
『少しだけでいいので、三人でお話したいです』
三木が五秒とおかずに、『俺もです。今、どこにいますか?』と返信を打つ。
クラージィがそれに『部屋』と返し、三木が『今、出先ですが二十分で行きます』と答える。
吉田はその流れが嬉しくなって、にやけてしまう頬を引き締める事なく、『僕はもうすぐアパートですので、クラさん家に集合で』と打つ。
『あ、デザート大量に買っちゃったんで、ついでに持っていきますね。食べきれない量で困ってたんです』
と、付け加えるもの忘れない。
すぐにクラージィと三木からOKのスタンプが返ってくる。どちらも猫のスタンプで、吉田はこの前買ったばかりのOKの猫のスタンプを送った。
画面を閉じると、スマートフォンをポケットにしまい、駆けだす。
袋の中のデザートが少し気にはなったが、今はクラージィの部屋に辿り着きたくてたまらない。
結果、デザートは少し不恰好になってしまったものがあった。
だがどれも美味しく、三人で笑い合いながら、全部食べ切った。
◇◇冬◇◇
天板の中央に乗る、ホットプレート。
プレートは三種類あり、変えれば焼肉、ホットケーキ、たこ焼き、鍋とさまざまな料理が作れ、便利モブ会で大活躍の家電である。
今日も活躍しており、深型のプレートの中にはじゃがいも、人参、玉ねぎに肉等が、ある汁によって煮られ、美味しそうな匂いを部屋に充満させていた。
「もうそろそろいいですかね。味見しますね」
三木がお玉を手に取ると、小皿に少し乗せる。一番、火の通りにくいじゃがいもも取るのも忘れない。
クラージィの訴えるような期待する目線には気づいているようだったが、火が通ってない時の事を考えてだろう、無視して茶色いスープに浸ったじゃがいも口に入れた。
「……ちゃんと炒めたのがきいてますね。ちゃんと中までホクホクです」
「! ヤッタ! チャントデキマシタ!」
「鍋ができるんだからできるんでしょうが、ちょっと不安はありましたよね」
「まぁ、大まかな括りではこれも鍋です」
「ハイ! 立派ナ闇鍋シリトリデス!」
「確かに」
吉田は笑うと、「それじゃあ米、ついできましょうか」と立ち上がる。
「はーい」
「ハーイ」
と二人もそれぞれの皿を持って、吉田に続いた。因みに、クラージィのだけ1.5倍ほど大きい。
ご飯を思い思いの量つぎ、鍋の元に戻った。
吉田がお玉を手に取り、米に汁をかける。
「闇鍋しりとり、今回も美味しいのができちゃいましたねぇ」
美味しそうな茶色い料理を前に、少し残念そうに吉田は言う。
「次に期待という事で」
三木は吉田からお玉を受け取ると、肉や大きな具を避けてよそっていく。
「次ハ肉ジャガイデスネ」
クラージィは三木からお玉を受け取ると、大きな肉とごろごろ野菜をお玉に乗せ、三木の皿にもった。
「あ〜! クラさん!」
「アゲルアゲル星人ナラナイ」
クラージィはピシャリと言うと、自分の皿に茶色い汁をかけていく。
その様子に吉田は目を細めると、目の前の皿、闇鍋しりとりでできたカレーを見た。
闇鍋しりとりをもう一度。
と決まり、スーパーに行き、鍋に入れる食材をしりとりで決め、順番にカゴに入れていった。
去年とは違い、内容の濃い闇鍋になるだろうと吉田は予感していた。三者、全員がその予想をしていたのではないだろうか。
だが三木の“ベジタブル”の人参から続くクラージィがカレーの“ルウ”をカゴに入れた時に、流れは決まった。
吉田はそれならばと“ウォーター”を選び、続いて三木は“たまねぎ”を手に取った。
クラージィは“牛乳”とカレーを甘くする材料を言い、吉田は肉が足りないなと“牛”を追加した。
その後に三木は新潟の米の銘柄を口にした。スーパーにはなかったが三木の家にはあるとの事で、クラージィと吉田で審議が入った。絶対に僕達に振舞う為に購入していただろうと。審議の結果、スーパーにはなかったので鍋には入れないが脇に添えるのはOKとなった。特区別枠である。
ひょっとして三木は始めからこれを狙っていたのかもしれない。あくまで闇鍋しりとり。米を鍋に入れればカレーではなく、カレーリゾットが完成していただろう。
次の食材はカレーに入るのが前提で選ばれ、立派なカレーが完成した。
去年の遠慮があった頃では、できなかったであろう一品だ。
吉田は嬉しくなってんふふと笑う。
三木とクラージィが吉田が嬉しそうに笑うのに気づいて顔を見合わせるも、同じように笑ってくれる。
笑ったまま、じゃあ食べましょうかと、三人で手を合わせる。
口を開いて、にこやかに声も合わせた。
『いただきます』