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 溢れんばかりの夏を

織葉 

​ 

ジトジト鬱陶しい梅雨がようやく明けたと思ったら、ギラギラ厳しい陽射しの夏が来た。
ほんとにキッパリと、ある日を境にやってきたとしか思えない。
それほどくっきりとした梅雨明けだった。

昼は体の芯まで火が通りそうなほどに暑く、時々ゲリラ豪雨じみた夕立に降られる。
夜は蒸して、寝苦しい熱帯夜続きだ。
こんな夏らしい夏はいつ以来だろう。

極めて夏らしい日が続くせいか、三木くんのお仕事も夏模様のようだ。
アイスクリーム屋さん、かき氷屋さんあたりはまだ涼しげな方で、コンサートやライブイベントのスタッフ、海の家の店員なんてした日は、白い肌を真っ赤にして帰ってくる。

 

痛々しいくらいなのに、三木くんは平気な顔をしていたので、僕とクラさんでお説教をした。

「日焼けはヤケドなんですよ」
「日焼け止めは一応塗ったんですけどね」

嘘じゃないけど、不十分だったんだろうな。
クラさんがじっと三木くんを見据える。

「日焼ケ止メ、塗リ直ス、シマシタカ」
「しま、した、よ……」

 

クラさんの追及に三木くんは思いきり目をそらした。

 

「何回シマシタカ」
「1、いや、2回……」
「足リル、思イマスカ」
「いえ、その」

 

クラさんに責められる方が、三木くんには効きそうだ。
僕は静かにして見守る体勢に入る。

 

クラさんによる『丁寧な聞き取り』の結果、ろくに日焼け止めを塗り直しもせず、なんなら水分補給も休憩も怠ったことが分かったところで、僕もため息を吐いた。

 

「三木くん、元気で丈夫だと思って無茶してたら、もう、すぐにもがたが来ちゃいますよ。ほんと、すぐですからね。アラフォーでしょ」
「はい、すみません」

 

正座して、頭を下げて、小さく小さくなっていても、まだ大きい三木くんに、どう言えばいいんだろう。
どうしたら、自分のことを気にかけてくれるのか。
何度か似たようなやりとりはしているけど、歩みは微々たるものだ。
それでも、前に向いてはいるんだろうけど。

 

「それだけお疲れなのに、お説教しても余計疲れさせてしまいますよね。これぐらいにしときましょう」

 

僕の言葉にクラさんがハッとした。

 

「ミキサン、スマナイ」
「いやいやいや、クラさんも吉田さんも悪くないんで! 悪いのは、俺なんですから!」

 

分かってるならなんとかして欲しいなぁ。

 

「とりあえず三木くんはシャワーで肌をよく冷やしてきてくださいね。それからご飯にしましょう」

 

肌とか体力の回復にいいものを作り足せるかな。
どんなものがいいのか分かんないけど、調べたら出るか。

 

「すみません……」

 

繰り返しながら一度帰る三木くんを見送ったので、料理の続きに戻ろうとしたんだけど、気になることがある。
クラさんが、閉じたドアを静かに見つめていたのだ。

 

お説教が足りなかったということはないだろう。
どこか切なくも、悔しげにも見える眼差しに、僕は首を傾げた。

 

「クラさん?」

 

どうかしましたか、という問いに、クラさんは困ったようにつぶやいた。

 

「酷イコト、考エテシマイマシタ」
「酷いこと?」
「羨マシイ、ト」

 

クラさんは、吸血鬼だ。
日光への耐性は、そこまで高くないそうで、日に当たるとかなり痛むという。
多少のことは我慢するクラさんが、日光を避けて暮らしているのだから、その痛みは相当なものなのだろう。

 

こんがり焼けてしまうタイプの僕からすると、真っ赤になる三木くんも、日光への耐性は低い方に思えるんだけど、そんな三木くんでも、日光に当たった瞬間、激痛に苛まれるなんてことはない。

 

僕はどうするか少し悩んだ後、踏み込んだ。

 

「それは、日の光を浴びられることが?」
「ソウ、デスネ」
「他にも?」
「……」

クラさんは言葉を探して黙り込む。
しっくり来る言葉が見つかるよう、話し終わるまで三木くんが戻ってこないよう、祈っていると、クラさんは困った様子で眉を下げた。

 

「夏、好キデス。命ノ力、感ジマス。誕生日モ、アリマス」

 

でも、その夏らしさに、クラさんは思うようには触れられない。

 

「羨マシイハ、少シダケデス。吸血鬼ナッテ、ヨカッタ、思イマス。吸血鬼デモ、一緒ニ過ゴシテクレル、ヨシダサン、ミキサンニ、感謝シテマス」

 

自分に言い聞かせるような言葉を聞かされて、黙ってはいられない。
何か、少しだけでもいい。
クラさんに夏を味わってもらおう。

 

という訳で、まずは共犯者、じゃなくて、仲間を引き込もう。

 

晩ご飯を終えて、クラさんを仕事に送り出した後、三木くんを『少しお話があります』という一言で引き止めた。

 

ビタミンたっぷりの食事でお腹を重くした三木くんは、お説教の続きだとでも思ったのか、改めてきれいな正座を披露してくれる。

 

「お話というのはなんでしょうか」

 

そんな今すぐ土下座決めそうな覚悟はしなくてもいいんだけど。

 

「クラさんが、三木くんを羨ましがってたんですよ」

 

困ったなぁ、という調子で言うと、三木くんは困惑に体を傾けた。

 

「羨ましいって、何がです?」
「ほら、三木くんが今日、夏を満喫してきたじゃないですか。よく日を浴びて、たくさん汗もかいて」

 

我ながら底意地が悪いな、と思いつつ、既に察しつつある三木くんを刺す。

 

「クラさんには出来なくなったことでしょう? それで、羨ましくなったみたいです」

 

三木くんの顔が青ざめてくる。

 

「クラさんは、そんなこと思っちゃった自分を責めてましたけど、僕は、クラさんの気持ちを聞けてよかったと思ってます。そこで三木くん、」

 

僕はニチャリと笑い、

 

「クラさんに、少しでも夏らしさを味わってもらいたくありませんか?」
「俺に出来ることならなんでもします! させてください!」

 

伏し拝む三木くんに、僕は頷いた。

 

「夏は始まったばかりなんで、ちょっとずつ、色々なことをしていきましょう。夜でも楽しめる夏らしいレジャーとか、夏のイベントについては、三木くんも詳しいでしょうから、教えてください」
「はい」
「あ、もちろん、そういう時は三木くんも参加してくださいよ?」
「う、」

 

三木くんは一瞬言いよどんだけど、諦めたように頷いた。

 

「分かりました」
「うん、無茶な日程調整まではしなくていいから、三木くんも参加出来る範囲で、色んなことを楽しみましょう」

 

あと、言っておくことはなんだろう。

 

「僕としては、夏らしいご飯も楽しんでもらいたいと思ってます。なので、そういう時も買い物とか料理とか、付き合ってもらえますか?」
「もちろんです。費用も、」
「そこはワリカンにしますから安心してください」
「俺が、」

 

言い募ろうとするのを笑顔で遮る。

 

「ワリカンにしますから。ね」

 

と強引に圧しきった。

縮こまる三木くんに、
「これに懲りたら、これ見よがしに日焼けなんかしないでくださいね」
と刺した釘は、オーバーキルもいいところだったかも知れない。

 

以来、三木くんが、日焼け止めどころかスキンケアまでちゃんとしてくれるようになったから、よかったと思いたいけど。

***

流しそうめんや花火大会、ナイトプール。
何よりクラさんの誕生日といったイベントを楽しみ、8月も下旬になってきたある日のこと。

 

次の企画に向けた会議と称して、三木くんとお昼ごはんを食べていた。
野菜たっぷりの焼きそばをすすり終えた三木くんが、ティッシュで口元をぬぐってから、口を開く。

 

「そろそろ何か大きい料理したくありません?」
「そうですねぇ……」

 

暑さで食欲も大人しい今日この頃。
巨大な料理をしようという話にはなかなかならなかった。

 

クラさんの誕生日には、ノースディンさんやドラルクさん、ドラウスさんたちの知恵を借りて、クラさんの故郷の料理でお祝いしたし。
食べたこともない料理を巨大化するほど無謀じゃない。

 

でも、そんな風に水を向けられると、期待されてるように思えて、悪さをしたくなる。
うん、久しぶりにやりたくなってきた。

 

「何かアイデアあります?」
「夏らしいのがいいですよね? かき氷とか?」
「いいね。クラさんに氷作ったり、融けないようしてもらったり、頼めることも多そうだし」

 

問題は、冷えすぎることかな。

そこが三木くんも気になったみたいで、

「あー、でも、クラさん、クーラーでも冷えてますよね?」
「ちょっとね。本人の気持ちの影響もあるかも知れないけど」
「やめとくか……」

ぽり、と三木くんが頭を掻く。

「冷やしてもらう、ってのはいいと思うんですよ。クラさんも、ああ見えて吸血鬼だからなのか、能力見せる機会があると、ドヤ顔するじゃないですか」
「しますねぇ、畏怖顔」
「畏怖顔って言うの?」

三木くんはニヤッと笑って、そうだとも違うとも言わなかった。

 

冷たくするけど冷たくしすぎない。
夏らしさが味わえる。
巨大なのが作れる。

必要なことを並べて考える。

氷やアイスほどじゃなくても冷やすものは、夏の料理には色々ある。
そうめんを始めとした冷たい麺類。
冷たいスープや汁物。
ゼリー寄せなんかも、見た目にも涼やかでいいかも知れない。

 

夏らしさ、というのも色々だ。
暑さを楽しむのも夏らしさだし、暑さをしのぐために涼を取るのも夏らしさだ。
連日の暑さを思うと、涼を取れるものの方がいい気もするけど、汗をかいて涼しくなるっていうのもあるからなぁ。

 

巨大化については、わりとどうにでもなる気がする。
ただ、全体的に冷たいものとなるとやっぱり体を冷やし過ぎることが心配だ。

 

「んー……冷たい、けど、冷たすぎない? 冷たいところとそうじゃないところがあるくらいの……?」

 

ぶつぶつつぶやきながら考えるけど、いいアイデアは浮かんで来ない。

 

考えつつ、ずるずると焼きそばをすする。
まだ熱い焼きそばには、少し辛さの効いたソースをたっぷり絡めた。
辛くて食欲が増進されるし、少し汗をかいてもクーラーでほどよく冷やした部屋の中なら、心地よく体を冷やしてくれるばかりだ。

 

とはいえ、大量の焼きそばを作ったってそんなに面白くない。
大量の料理と巨大な料理はちょっと違うと思うからだ。

 

一つの料理としてのまとまりを保ったまま、量を増やしたい。
大きな器に盛り付けたうどんは、巨大料理になるけど、ホットプレートいっぱいの焼きそばは大量の料理になる、と言えば伝わるだろうか。

 

半分独り言みたいな僕のそんな、些細で理屈よりも感情が勝った話を三木くんは頷きながら聞いてくれた。

 

「なんとなくですけど、分かりますよ。それでいくと、そうめんなんかは巨大料理にはなりにくい訳ですよね?」
「そうだね。トッピングとかしてたら違うんだけど」
「トッピング……」

 

三木くんが小さく反芻して、何かを探すみたいに視線をさまよわせた。

 

「トッピングを載せるような、冷たい麺類って何がありましたっけ」
「そりゃあやっぱり、冷やし中華じゃない?」

 

他にも色々あるとは思うけど、代表格というなら冷やし中華だと思う。

 

「ああ、確かに」
「でも結構頻繁に作ってるし、食べ飽きちゃうよね」
「吉田さんが作ってくれて、3人で食べるなら、食べ切れそうな気もしますけど」
「そう?」

 

そんな風に言ってくれるのはありがたいけど、食べ過ぎてもう見たくないなんてなるのは嫌だしな。

 

他の方向も考えよう、と思ったのは僕だけじゃなかったみたいで、三木くんが話を変えた。

 

「巨大化出来るかとかは別として、吉田さんとしては作りたい料理とか、チャレンジしてみたいことってないんですか?」
「うーん、ヌイッターで新しいレシピ見た時は気になるかな。最近は、暑いからかな。スパイスカレーなんかもよく見かけて、気になってますよ」
「カレーも夏らしいですよね」
「年中食べちゃうけどね」

小さく笑い合って、僕は他の料理の名前も並べ立てる。

 

「中華もいいよね。麻婆豆腐とか麻婆茄子とか」
「いいですね。吉田さんの麻婆茄子好きです。ちょっと甘くて、味噌が効いてて」
「あんまり中華っぽくないっていうか、ほとんど味噌炒めにしちゃうんだよね。気に入ってくれてるならいいんだけど」

 

話してると、作りたくなってくるな。

 

「色々ちょっとずつ作るのもいいなぁ」

巨大料理を作りたいと思ったはずなのに、そんなことをつぶやいた僕に、三木くんが言う。

 

「ちょっと思いついたんですけど、いいですか?」
「うん? なんですか?」
「全部やっちゃうのはどうですか」
「え?」

どういうことだろうと首をかしげると、三木くんは楽しそうに笑った。

 

***

夕方、もう廊下に日光が差し込まなくなってくるとすぐ、クラさんが僕の家にやってきた。

 

「コンバンハ」
「こんばんは、いらっしゃい。どうぞ、入ってください」

 

クラさんには合鍵を渡してあるし、いつでも来ていいと言ってあるんだけど、吸血鬼としてのさがなのか、招き入れると空気が華やぐような喜びが伝わってくる。
なので、手が塞がってない限りは玄関まで行って出迎えるようにしている。

 

「オ邪魔シマス」

 

柔らかく微笑んだクラさんが行儀よく言って靴を脱ぐ。
きちんと手で靴を揃えるのも、随分手慣れたものだ。

 

「今日ハ何作リマスカ?」
「今日は色々作ろうと思ってて」

 

少しぼかすのは、企みがあってのことだ。
クラさんにもそれは伝わったんだろう。

 

「楽シイ秘密デスカ」

 

ニヤッと笑うクラさんに、僕もにんまりと笑みを返す。

 

「そんなところです」

 

内緒にされてるっていうのに、クラさんはむしろ笑みを深くした。

 

「楽シミデス。ヨシダサンノゴ飯モ、オ楽シミモ、好キデス」

 

期待感をにじませてくれるのが、くすぐったい。

 

「んふふ、がんばりますね」

 

期待を裏切らないか心配でもあるけれど、そんな風に言われたらただでさえみなぎっているやる気が更に増すというものだ。

 

「何カラシマスカ?」

 

手を洗ってから台所にやってきたクラさんが、エプロンをつけながら聞いてくる。
作業台にしているカウンターの上まで野菜やボウルでいっぱいだから、どこから手を付けるか悩むのも当然だ。

「野菜を切ってもらえると助かります。まずは、」

 

そうだな、

 

「玉ねぎのみじん切りしてもらえますか?」
「ハイ」

「見本作っておきますね」
と僕はまな板に玉ねぎを置く。

皮を剥いて置いてあったので、上下を切り落として、半分に切る。
端だけ残して細く切り目を入れ、向きを90度変える。
切り目に対して直角に包丁を入れて刻んでいく。
大体2、3ミリ角ぐらいのみじん切りが出来たら、ボウルに移す。

 

「これくらいの大きさがいいかな。多少大きくなっても、だいたい揃ってたら大丈夫ですからね」
「ハイ、ヤッテミマス」

クラさんにみじん切りを頼むのは初めてじゃない。
いつも丁寧に切ってくれるので、心配もしていない。

 

なので僕は自分の作業を進めていく。

 

温めたフライパンにバターを落とし、クミンの粒、刻んでおいた生姜と一緒に弱火で炒めていく。

クラさんがいるのでニンニクはなしだ。
別に食べられるとクラさんは言うんだけど、ちょっと眉間にシワが寄ってしまうのを知ってるので、ニンニクがないとどうしようもない料理以外は、ニンニクは入れないようにしている。

クミンの香りが出てきたところで、玉ねぎのみじん切りをもらってフライパンに加える。
ざっと広げて、少しだけ火を強めた。

弱火でかき混ぜ続けるのと、少し強めの火でたまにかき混ぜるのとで、大きく違わないと分かってからは、手軽なやり方にしてしまってる。

「あ、お塩」

入れ忘れるところだった。

調味料入れに手を伸ばして、ひとつまみの塩を振りかける。
軽く混ぜ合わせて、また熱が伝わるのを待つ。

 

「玉ネギ、出来マシタ」
「ありがとうございます。じゃあ次はトマトをひとつ、切ってもらえます? 後で潰しちゃうから、トマトはざく切りくらいでいいですよ」
「ハイ」

クラさんがトマトを取っていく。
洗っておいたトマトはもう1個ある。

「後ノトマトハ?」
「ざく切りが終わったら、くし切りにしてもらいたいです。サラダに載せる時みたいに」
「分カリマシタ」

その後も、フライパンの面倒を見ながらクラさんに次々野菜を切ってもらった。

 

トマトのくし切り。
なすの乱切り。
人参のみじん切り。
きゅうりの細切り。
ズッキーニのいちょう切り。
玉ねぎのスライスは、スライサーを使ってもらった。

様々な切り方は、クラさんがこれまでに覚えてきた成果でもある。

 

切ったものが多すぎて、ボウルに収まりきらなくなったので、丼にも入れてもらった。

 

炒めて使うものもあるし、生で食べるつもりのものもある。
きゅうりとズッキーニには軽く塩を振ってもんでもらう。

 

そうこうするうちに、フライパンにはカレーのベースが出来てきた。
スパイスをあれこれ調合するのは流石に諦めたので、カレー粉を使ったけど、部屋いっぱいにカレーの良い匂いが広がってくる。

 

そこに、冷蔵庫から取り出した鶏ミンチを入れて炒めていく。
あっという間にカレー色に染まったフライパンを、クラさんが覗き込んできた。

 

「カレーデスカ?」
「はい、キーマカレー風、ってところかな」
「イツモノ、四角ノカレールー無カッタデス」
「そう、スパイス、というかカレー粉を使ってみました」
「スゴイ」

称賛の言葉をクラさんが口にする。
キラキラとした目がフライパンに注がれるけど、今日はこれだけじゃないんだな。

 

出来上がったドライカレー風のカレーをあいていたサラダボウルに移す。
八分目どころか溢れそうになっているのをなんとか収めて、テーブルに運んだ。

 

フライパンを洗おうとしたところで、玄関のドアが開いた。

「お邪魔しまーす」

三木くんだ。

「いらっしゃーい。まだあんまり進んでないけど」

ひょいと台所を覗き込んだ三木くんは目ざとく僕の手元のフライパンを見つけた。

 

「手を洗うついでに洗っちゃいますよ」
「あ、じゃあお願いしちゃいます」
「お願いされます」

嬉しそうにフライパンをかっさらい、洗い始める。

「ミキサン、エプロン」

壁に掛けたままになっていた三木くん用のエプロンをクラさんが取ってくる。

両手が塞がっている三木くんを手伝って着せてあげるのも、エプロンがないと台所に立っちゃいけないと思ってそうなところも微笑ましい。
首にエプロンの紐をひっかけて、腰で紐を結んで、クラさんは満足そうに頷いた。

 

「出来マシタ」
「ありがとうございます」

三木くんはくすぐったそうに笑っている。

「他にも洗うものがあればやっちゃいますけど」

と言ってくれるけど、今はまだ大丈夫かな。

「とりあえずはフライパンが使えるようになったら大丈夫です」
「かしこまりました」

フライパンについた泡を洗い流して、軽く水気を切った三木くんが、ふきんに手を伸ばすのを止める。

「もうすぐ火にかけちゃうからいいよ」
「そうですか?」
「大丈夫大丈夫」

適当なことを言ってフライパンを取り戻す。

次の料理にとりかからなきゃ。

「ヨシダサン、何カスルコトアリマスカ?」

クラさんが聞いてくれたので、ちょっと考え込む。

「そうですね、野菜は切ってもらっちゃったし……」

それなら、と三木くんが手を挙げる。

「ハムを持ってきたんで、それも切ってもらっていいですか?」
「ハム?」
「弟がもらったお中元を分けてもらったのを思い出して、持ってきたんです」

 

少し照れくさそうに言った三木くんは、テーブルに置いてあったビニール袋から立派なハムを取り出した。

「えっ、おっきいやつだ。いいの? 厚切りにして焼いた方がよくない?」
「そこはお任せします」

まるまるとしたハムをどうするか、決定権を譲られてしまった。

 

むむむ、と考え込む。
元々ハムは必要だと思って買っておいたけど、薄くて安いやつだ。
量も多くない。
それなら、そっちは僕の明日の朝ごはんにでもして、これを3人でしっかりいただく方がいいだろう。

「クラさん、真ん中の辺りを1センチくらいの厚みで6枚切り出してください」
「ハイ」

ぴっちりとビニールのかけられたハム相手に緊張した面持ちのクラさんには、三木くんがサポートをしてくれる。

ビニールを剥いで、なんて話しているのを聞きながら、フライパンに油を引いて、玉ねぎと人参を炒め始める。
軽く透き通ってきたら、ひき肉も投入だ。
今度は鶏じゃなくて、合いびきにしてみた。

じゅわじゅわいい匂いがしてくる。
今の段階だと、ハンバーグと大差ない匂いだな、なんて思っていると、クラさんから声を掛けられた。

「切リマシタ。残リハ?」
「残りは薄く、細長く切ってもらっていいですか?」
「分カリマシタ」

クラさんも料理に慣れて来てくれて助かる。
もともと、自炊はしていたみたいだけど、料理に関する日本語もなかなか伝わらなかったし、切り方ももちろん知らなかった。

それが、ちゃんと伝わるようになった分、指示もスムーズに伝わって助かるし、クラさんの方ももどかしさを感じなくてよくなってきたみたいだ。
楽しそうに調理をしてくれるのを見ると、こちらも楽しくなる。

 

乱切りにしてもらったなすをフライパンに加える頃には、切り終わったハムがお皿に山盛りになった。

フライパンに蓋をして、クラさんを振り返る。

「クラさん、まだお料理頑張れます?」
「ハイ、何デモシマス!」

やる気に満ちてるなぁと目を細めつつ、

「じゃあ、焼きなすを作ってほしいです」

ちょっと前にも作ってもらったものをリクエストする。

 

作り方は簡単だけど熱々のなすの皮を剥くという拷問に等しい工程があるので、食べたいけど作りたくない料理の一つだ。

 

そんなものをクラさんにリクエストしてしまうのは、クラさんなら指先を冷たくして、火傷しないようになすの皮を剥いてしまえるからだ。

 

クラさんとしても自分の能力を活かせる料理ということで気に入ってくれている。

 

今回も、ニッと笑みを浮かべて、

 

「任セテクダサイ」

と請け負ってくれた。

 

なすは洗っただけで残しておいたのが2本ある。
魚焼きグリルも今日は使わないので、自由に使ってもらおう。

 

これでよし、と思ったら三木くんが、

 

「俺も何か出来ることあります?」

 

と言ってきた。

 

ボウルやスライサーなんかを洗ってたと思ったのに、もう終わってたみたいだ。

 

「ええと、じゃあ、そろそろテーブルのセッティングを始めてもらってもいいですか?」

 

僕の言葉に、ニヤリと三木くんが笑う。
今日の企画については、三木くんのアイデアがメインだからかな。
いつも以上に楽しそうだ。

 

「分かりました」

 

元気よく返事をした三木くんは、テーブルの拭き上げから取り掛かる。

 

僕も麻婆茄子を仕上げなきゃ。

 

蓋を取って、なすがしっかり蒸し焼きにされてるのを確かめる。
軽く全体を混ぜ合わせたら、用意しておいた味噌と少しの豆板醤、中華だしなんかを加える。
出てきた水分を軽く飛ばしてから、水溶き片栗粉を加えたら完成だ。

 

フライパンの中身をこれまた大きめの丼に移す。

 

用の済んだフライパンは流しにつけて、今度は玉子焼き専用にしているこぶりなフライパンを取り出した。

 

小さなお椀に卵を一つ割り入れて、塩を少しだけ加える。
フライパンがあたたまるのを待ちつつ、よく溶きほぐしておく。
フライパンに薄くごま油を引いて、卵を半分ばかり流し込んだ。
薄く広げて焼いていく。

 

それを何度か繰り返して、数枚の薄焼き卵を作った。
落ち着くのを待ってから、切ろう。

ふう、と息を吐いたところで、クラさんが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「ヨシダサン、ゴ飯、炊クノ忘レテマス!」
「あ」

ばれたか、と僕は笑う。
三木くんを見ると目を細めて頷いた。

それじゃあ、と種明かしをする。

「実は今日の晩ごはんは巨大料理なんです」

クラさんは首をかしげて、今日作ってきたものたちを眺める。

 

うん、まあ、どう見たって、統一感に欠けた色々な料理の寄せ集めだ。
白ご飯がメインですと言われた方が納得出来る。

でも、今日は変わり種の巨大料理なのだ。

「冷やし中華、クラさんも好きですよね?」
「ハイ、好キデス」
「今日は巨大冷やし中華を作ってたんですよ。カレーも麻婆茄子も焼きなすも、それから沢山切ってもらった野菜やハムも、全部トッピングしちゃおうと思って」

 

クラさんの眉が跳ね上がる。
目もまん丸くして、もう一度今日の成果を眺めて、それから僕に視線を戻した。

 

「全部?」
「全部です。んふふ、麺も茹でるから、食べるの大変ですよ。やめときます?」
とからかったら、
「ダメデス! ヤリマス!」
「はい、じゃあ後は麺をゆでちゃいましょうね」

玉子焼き用のフライパンを避けて、水をたっぷり入れた鍋を火にかけようとしたら、三木くんに止められた。

 

「後は俺たちで出来ますから、吉田さんは休んでてください。昨日から色々準備もしてくれてたでしょう?」
「ええ? いいのかな。ハムもまだ焼いてないよ?」
「それくらいなら俺でも出来ますよ」
「それはそうだろうけど」

確かに昨日から1人で作っておいたものもあるけど、大したことはしていない。
買い出しも三木くんに手伝ってもらったからそこまで言われるほど疲れてもないと思うんだけど。

「任セテホシイデス」

とクラさんにまで言われた。

「うーん、じゃあ、よろしくお願いします」

コンロの前を明け渡し、流しで水を汲んで、カルキ臭い水道水を少し飲んだ。

 

「薄焼き卵を細く切るのもお願いしちゃっていいですか?」
「はーい」

 

三木くんが応じてくれたから、二人でどうにかしてくれるだろう。

 

エプロンを外して壁に掛け、リビングに向かう。

 

クッションに腰を下ろしてみると、不意に体が重たくなった。
脚なんかだるいし、背中や肩もぱきぱき言いそう。

 

思ってたより疲れてたんだな。

テーブルの中央には、三木くんが用意してくれたホットプレートのプレート部分が鎮座している。
その下には保冷剤、更にその下にはタオルが敷いてあって準備はばっちりだ。

 

周囲にはグラスや取り皿も用意されている。
後は麺を茹でて、プレートに盛り付ければ、巨大冷やし中華が出来上がるという訳。

 

じゃあもう心配要らないな、と僕は仰向けに寝そべった。

 

台所からは、クラさんと三木くんの会話が聞こえてくる。

 

「一度ニ全部茹デマスカ?」
「いや、流石に多いんじゃないですかね。二回に分けましょう」

 

なんて相談してたり。
吹きこぼれそうになって焦ったり。
ジュワジュワとハムを焼くいい音と匂いがしてきたり。

 

「もう茹で上がるんで、そしたらクラさん、冷水で冷やしてくれますか?」
「ハイ!」

とクラさんが張り切ったと思ったら、張り切りすぎたみたいで、

 

「クラさん! 水が凍りかけてますからもう少し抑えて!」

 

なんて三木くんの慌てた声が聞こえてきたのには笑ってしまった。

 

そんな会話が聞きたくて、オフ会をしたりイベントに誘ったりしている僕としては、至福のひと時と言っても過言ではない。

目を閉じて聞き入っていたら、

 

「吉田さん寝ちゃいました?」

 

と三木くんの声がした。

 

「起きてますよ」
「冷やし中華の仕上げ、してくれません?」
「あとトッピングするだけでしょ? お任せしますよ。僕お疲れなので」

 

へらりと甘えたことを言ったら、ため息を吐かれてしまった。

 

「休んでいいって言ったの失敗だったかな」

 

なんて独り言まで聞こえてきて、声を立てて笑ってしまった。

 

クラさんは、

「私タチデ完成サセマショウ」

と覚悟を決めた声で言っている。

「カレーと麻婆茄子の配置が難しいですよね」
「味、混ザルトダメデスカ」
「どうなんでしょう。案外イケるかも?」

麻婆カレーとかあるから平気だと思うな。

「吉田さん、言いたいことあるなら起きてくださいよ」
「ないよぉ」
「全くもう」

不満げな三木くんの声に、余計に笑みが深くなる。

だってあの三木くんが、こんな気安い態度を取ってくれるようになるなんて、感慨深い。
考えようによっては、僕が悪影響を与えたのかも知れないけど、自分をないがしろにして、ひとに文句も言わないよりはずっと健全だと思う。

 

トッピングについては、カレーを端に、その隣に麻婆茄子、それから焼きなすという緩衝地帯を経て、ハムや野菜という普通の冷やし中華らしいエリア、という配置に決まったらしい。

冷蔵庫にスイカとフルーツ缶冷やしてある、なんて今のタイミングで言わない方がいいんだろうな。
冷やし中華に甘いフルーツをトッピングすることについては、賛否両論分かれるし、別に添えて出した方が無難そうだ。

「ヨシダサン、出来マシタヨ」
「ん、はーい」
クラさんに揺り起こされて、体を起こす。
ホットプレートいっぱい、どころかホットプレートという地盤に、冷やし中華の山脈がそびえ立っていた。

焼くだけ焼いてお任せした玉子も、見事な錦糸卵に仕上げられていて、麺の上で燦然と輝いている。
これは間違いなく、巨大冷やし中華だ。

ハムステーキの他、載せきれなかったトッピングはお皿に盛り付けて並べられているし、ドレッシングやポン酢も置いてあるのは、普通の冷やし中華エリアは好きなものを掛けて楽しむようにという配慮だろう。

多分10人前くらいはある。
完全にバカの所業だ。

いい歳して、なんてことを言い出す理性は脇に追いやって、僕は笑う。

 

「美味しそうですねぇ」
「ね」

三木くんは満足そうでもありつつ、不安そうにも見える。

 

盛り付けただけなんだから、味については僕の責任になると思うんだけどな。

 

「ちょっと待ってくださいね。他にもトッピングしたいものが」
「まだ増やす気ですか!?」

三木くんの悲鳴じみた声を聞き流し、冷蔵庫からフルーツ缶とカットされたスイカ、ついでに作り置きのオクラの煮浸しを引っ張り出してくる。
あいてた器を探してざっくり盛り付けたそれを、テーブルの上にかろうじて残っていた隙間に押し込んだ。

「トッピング出来るところはなさそうだから、横に置いておきましょうね」

 

三木くんの顔が引きつっているのは、食べ切らなければならない量が増えたからだろうか。
それとも、冷やし中華にフルーツ厳禁過激派なんだろうか。

 

気になるけど、食べてるうちに分かるだろう。

「写真撮っときましょうかね」

せっかくだから、とクラさんと三木くんにもそれぞれ写真を撮ってもらう。

 

「これだけ大きいと壮観ですね」
「食べ切れますかね」
「大丈夫デス。残サズ食ベマス」

写真が満足いく出来なのも確かめたから、これでやり残したことはないはず。
僕はクッションに座り直して手を合わせる。

「それじゃ、いただきます」
「イタダキマス」
「――いただきます」

声を合わせた後は、思い思いに食べていくだけだ。

手近なところにあったし、味が気になるからと僕はまずカレーのところに箸をつける。
冷たい麺にも合うように、固まりやすい油脂は抑えて作ったつもりだけどどうだろう。

 

どきどきしながら、たっぷりとカレーを絡めてすする。

 

玉ねぎは入れたけどカレーのベースとしてだったから、原形は留めていない。
なので、ひき肉だけのカレーという感じだ。

でも、ただカレー粉で炒めたひき肉とは違う。
ちゃんとカレーになってる。
クミンが案外主張してて、ちょっとハマりそうだ。
冷たい麺にもうまく絡むし、味も悪くない。

よし、と小さくガッツポーズを決めていると、麻婆茄子のところを食べていた三木くんが唇で柔らかな弧を描きつつ、つぶやく。

 

「あいますね」
「美味しい?」

聞かなくても分かることを聞くと、三木くんは目を細めた。

 

「はい、とても」
「よかった。クラさんは?」

目を向けると、クラさんはスタンダードな冷やし中華のところを食べていた。

 

「美味シイデス」

にこにこしながらそう言ってくれる。

「タレはどれにしました?」
「ゴマニシマシタ」
「ゴマも美味しいですよね。僕も後で食べよっと」

取り皿をカラにして、おかわりに手を伸ばそうとしたら、三木くんがさっと新しいお皿を出してきた。

「洗い物は俺がしますから、遠慮なく換えてください」
「そう? じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」

新しいお皿を受け取ってから、思いつく。

「クラさん、僕にもゴマダレの冷やし中華作ってくださいな」

 

クラさんはちゅるりと麺をすすって、きょとんとした顔で僕を見た。

 

「私デスカ?」
「はい。クラさんおすすめの組み合わせで食べてみたいです」

 

クラさんは口角をきゅっと上げて笑った。

「オススメ作リマス」
「お願いします」

三木くんから受け取ったお皿をそのままクラさんに渡す。

 

クラさんは丁寧にまず麺を抜き取り、お皿に盛り付けた。
そこへ、きゅうり、ハム、たまねぎ、トマト、錦糸卵がトッピングされる。
ゴマドレッシングもたっぷりとかけてくれる。

実に美味しそうだ。

「出来マシタ!」
「わーいありがとうございます!」

差し出された皿を受け取って、しげしげと皿を眺めた。
すぐに箸をつけるのはためらわれるくらい、完璧な冷やし中華だ。

 

「盛り付け、お上手になりましたね」
「ヨシダサン、ミキサンノオカゲデス」

謙虚だなぁ。

せっかくなので、とこれも写真に収めてから、箸をつける。

 

「ん、美味しい」

満足気に微笑むクラさんに、三木くんもリクエストする。

 

「クラさん、俺もお願いしていいですか」
「ハイ、是非!」

微笑ましく思いつつ、少し食べ進めたところで、

「茹でた鶏なんかも用意してもよかったかな」

とつぶやいたら、三木くんから、

「増やさないでくださいね」

と声がかかった。

「食べきるの難しそう?」
「その調子で増やすと永久に終わらなくなるでしょう」

 

そんなことはないと思うんだけど、永久に終わらないなんて言い方が面白くて、笑っちゃった。

「永久に終わらない冷やし中華、楽しくない? エンドレス冷やし中華」
「連日連夜俺たちが押し掛けても迷惑でしょうに」
「迷惑なんてことないよ。というか、僕だけで片付けるんじゃなくて、皆で食べる前提なんだね」

三木くんが言葉に詰まる。

それから、拗ねたように、

「いけませんか」

と言うので、余計ににやけてしまった。

そんな調子で、それぞれ好きなところを好きなだけ食べて、巨大冷やし中華を平らげていく。

僕は麻婆茄子のところも食べたし、オクラの煮浸しも食べた。
箸休めにフルーツもつまんでいたら、三木くんに信じられないものを見る目で見られたけど。

「デザートに突入って訳じゃないですよね?」
「違いますよ。箸休めです」
「箸休め」

クラさんも首をかしげているので、説明する。

「食事の途中でちょっと違う味付けのものを食べること、っていうのでいいんですかね。しょっぱいものばかり食べてると口が慣れて来ちゃうから、こういう甘いものを食べると、しょっぱいものもまた美味しく食べられるんですよ」
「ヤッテミマス」

素直なクラさんがフルーツ缶に入っていたみかんをつまんでいく。
三木くんはまだ首をひねりつつ、

「甘いものを途中で食べるとそこで満足しちゃいません?」

 

と言ってくるけど、

「大量に食べようとするからこそ、箸休めが必要なんですよ」

 

実際、その後も食べ続けた。

ハムステーキは1人2枚あったから、きっちりいただいた。

 

「冷たい麺の合間にあったかいハムステーキっていいね。焼き加減もよくて、表面がカリカリしてて美味しいよ」

もちろん、熱々ではないけど、ぬくもりが感じられるくらいにはあたたかい。

 

「三木くん、ハムを分けてくれて、美味しく焼いてくれてありがとう」
「アリガトウゴザイマス」

僕らがお礼を言うと、三木くんはくすぐったそうに笑った。

 

「いえ。……弟にも、言っときます」
「うん、よろしくお伝えください」

そんな風におしゃべりもしながら、最終的には全員、どのエリアも食べたんじゃないかな。

 

僕はカレーのところが多め、クラさんはスタンダードな冷やし中華のところ、と偏りは多少出たけど、ほどよい具合に収まったと思う。
三木くんも、麻婆茄子と焼きなすのところを、やたらじっくり噛み締めて食べた後は、猛然と平らげてくれたし。

途中休憩もしながら、なんとか食べ終わった時には皆お腹がぽっこりして苦しくて、揃って床に伸びた。

「あー、よく食べた」

独り言と一緒に、けぷ、とげっぷが出た。

「ゴチソウサマデシタ」

クラさんは満足そうだし、三木くんも、

「量が量でしたけど、最後まで飽きずに食べられるくらい、美味かったですよ」

 

と言ってくれる。

「お腹が落ち着くまで寝ちゃおうかな。お二人も、ゆっくりしていってくださいね」

 

返ってくる返事もどこか気だるげだ。
お腹は苦しいのに、心地よい感覚だ。

うとうとしながら、つぶやく。

「今度は、大玉のスイカでも買ってこようかな」
「腹がはちきれそうな状態で、よくそんなこと考えられますね」
「甘いものは別腹だし、今度の話ですよ」

暦の上では秋だけど、夏はまだ続くので。

クラさんだけじゃなく三木くんにも、抱えきれないほど、夏の楽しみを届けたい。
今年だけで足りなければ来年も、そのまた次も。

同じことを繰り返すのもいい。
暗黙の内に、夏の定番が決まればいい。
僕から言い出さなくてもクラさんや三木くんから、今年はあれしないんですか、なんて言い出すくらいの定番が。

そんなことを考えながら、僕は気持ちよく眠りに落ちた。

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