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 いつものゴハン

棒七本 

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通い慣れた夜間営業スーパーからの帰り道。大きな買い物袋を携えた3人の男たちが歩いていた。彼らは一様に肩を落としていて、賑やかな通りを抜けた今では漏れ出たため息までしっかり聞こえてしまう。特に長身もじゃもじゃ頭のうなだれ様は相当で、元々の彫りの深さも相まって顔に悲壮感が貼り付いていた。
「ああそんなにがっかりしないでください」
「そうですよ。当初と予定は変わっちゃいましたが、食材が全部消えたわけではないんですし」
失意の彼を挟んで歩いているのは同じく長身の男と、反対側には平均身長でありながら相当に小さく見えてしまう中肉中背眼鏡のサラリーマン。
「デモ……」
「残念ですが、仕方ないんです。ここはシンヨコですから」
「ね、その分今日はいつもより特別美味しいの作っちゃいますから」
再び出てしまいそうなため息をなんとか飲み込んで顔を上げる。そうだ、一番辛いのは自分よりも一番料理に携わる彼だろうに、ずっと気丈に振る舞ってくれている。
「ヨシダサンノ ツクル オリョウリハ イツデモトクベツ オイシイデスヨ」
「んふ」
「それにしても、ねえ。本当になんでもありなんですねえ」
もうひとりが言いながら吊している大きな袋の中をちらりと見る。軽くて薄くて便利だからと使い回したスーパーのビニール袋には、見慣れた食材がぎっしりと詰まっていた。
「そうですねえ」
大きめの買い物袋はずっしりと重い。
「まあポンチは今に始まったことではないですが」
「そうなんですよねえ」
はあ。
そうは言っても、前々から楽しみにしていた予定が大きく狂ってしまった事実は消えなくて。幸せが逃げるとか何とか言われているけれど、ついため息が出てしまう。


今日は3月3日。ひと月前にあふれていた節分の飾りが消え去ると同時に町のあちこちで見かけるようになったのは、変わった形の灯りの横に並んだなんともきらびやかな衣装を着込んだお人形たちだった。
先昨日はどこどこの店で見かけました、昨日は何かの道具や楽器を持ったお人形や、お花や家具まで階段のように飾られていました、今日はなんと私の勤める猫カフェにも猫バージョンのお人形が飾られたんですよ、と興奮しているクラさん。
あれはですね、女の子のためのお祭り、といいますか、女の子の健やかな成長を祈願するものなんです、と説明しつつも考えることは皆同じ。

「大の男3人でひな祭りですか」
「いいですねえ」
「タノシミデス」
「うーんやっぱりそうなりますよねえ」

それならひな祭りをひな祭りっぽい巨大料理で祝いましょうか。
魅力的なお誘いに、ひとりは強引に予定をこじ開け、もうひとりはシフトを調整し、もうひとりは翌日の時間給を申請した。
仕事帰りにまずふたりが待ち合わせてあちらこちらで必要なものを仕入れ、そこへ爆速で仕事を終わらせたもうひとりが合流していつものスーパーへ。
あれを作ろう、これを食べようと、いつもよりわくわくしながら普段なら手を出さないような珍しい食材を山ほど買い込んでの帰宅中。
巻き込まれてしまったのだ。ポンチ吸血鬼事件に。

 


「我が名は吸血鬼、普段通りが最高!!」
かくして花の節句に彩られていた一帯は、一瞬にしてごく普通の、ごく一般的な、いつも通りのイカれたシンヨコへと変貌を遂げてしまった。と同時に3人であれこれ悩みながらエコバッグに詰め込まれていった華やかな食材たちは、これまた普段と変わらぬ巨大料理のためのごくごく普通の食材へと姿を変えてしまった。

幸いその吸血鬼の力はさほど強くなく、能力解放はその1回だけ。規模も小さく巻き込まれた人もせいぜい見える範囲のみ。たまたま目の前で食らってしまったために3人揃って巻き込まれたものの、即座にドーンで元凶はVRC回収済み。いつもと比べればマシな方だろう。
なお、大切なお雛様が一瞬で消失というような重大な被害を及ぼす力までは無いそうで、そういった高級品はせいぜい片隅にごちゃっと片付けられてしまうだけという中途半端な能力らしい。どうせならきちんと梱包箱詰めまでしてくれよと思うがそれは無理だと。はた迷惑な。

「あー、それでも今回は食材全体の価値といいますか、合計金額は変わってないみたいです。一見して量が増えましたね。良いやら悪いやら」
潮汁になるはずの3個入り厳選はまぐりパックが、お買い得大増量無選別しじみパックに変貌している。
「まあさすがにこの時間ですから、ポンチに泣かされた幼い女の子が居ないであろうことが救いでしょうかね」
「そうですねえ。幼い子らはもう布団の中にいる時間帯ですね」
今日の残業は途中で切り上げたとはいえ、その後あちこち買い回り、待ち合わせを挟んでスーパーにも寄った帰りなのだから、もう小さい子の居る家庭の夕飯時はとっくに過ぎているだろう。ふたりはほっと息を付いたが、もうひとりは更に眉を寄せた。
「キュウケツキノ オンナノコ マキコマレテイナイト イイノデスガ」
「あ~~~」
「それは、そうですね」
再び俯いてしまったもじゃもじゃ頭。を、下から眺める声が言う。
「でもねえクラさん。今回の被害は小規模でしたし、もしも不幸にも巻き込まれてしまった子が居たとして」
落ち着いた声が続けた。
「すぐにその穴埋めを考えて実行してくれる存在が周りに誰も居ないなんてこと、ありませんよ。きっとなんとかなってます。第一こういうハプニングにはもうみんなすっかり慣れ切っちゃってるし。それにね、」
淡々と続けるのを深刻な顔で見つめてくる紅い目。その彫りの深い顔の両側にはちょっとへしょっている尖った耳。
「クラさん耳がいいでしょ。あの瞬間、幼子の悲鳴って聞こえました?泣き声とか。僕には全く聞こえませんでしたが」
とたんにぴんと上向いた耳。数瞬考えたあと、ぱっと輝いた顔ははっきりと言った。
「キコエマセンデシタ!」
「でしょ。あの辺りってね、造花とか電飾とか飾り付けはそれなりにされてましたが、アパートとかは少ないんです。だからきっと大丈夫ですよ」
さらりと言い放って、んふ、と笑う。
はらはらとやりとりを見守っていたもうひとりは、己が知る限りの住宅地図を思い浮かべていた。あの界隈は配達員として何度か巡回している。その中に子供の居た家庭はあっただろうか。該当があるとすればひとつ、ふたつ、でも遠い。きっと能力は届かない。
「そうですね。ええそうですよ、そうでした。大丈夫です!そうだ、この際増えた分の食材もみーんなまとめて料理して、全部食べちゃいましょうか!」
「んふ」
「ハイ!トッテモ オナカスキマシタ」
ぴんと伸びた背。心配事が消えてやっと元気になったらしい。さすが吉田さんは偉大だ。そして食の力も偉大だ。本当に全部食べちゃったらどうしよう。

「あのね、前に作ったコロッケあるじゃないですか。今度は生クリームも入れて、砂糖醤油も加えて下味から濃くしてみようと思ってまして」
「へえ、いいですね!」
「餃子もね、皮の粉の配合をちょっとばかりこだわってみたんですよ。それにこの前出先でくわい入りの餃子食べたらこれが案外美味しくてね、くわいは無いですけど、代わりに、えーと、このレンコン刻んで入れたらシャキシャキになるかなーとか」
「クアイ、カーイ……?ソレハナンデスカ?オイシソウデス!」
3人は少し軽くなった足取りで、ずっしりと重い買い物袋をしっかりと持ち直したのだった。
 

「というわけで、男のひな祭り、改めいつもの巨大料理豪華版の開催をここに宣言します!」
「まずは特製餃子!」
「アー、トッテモ イイニオイデス」
「この大きさだとさすがに中まで火が通りませんから、中に入れる種はあらかじめ炒めてあります」
「あとはこの皮にぐるっと焦げ目が付けばOKというわけですね」
「そこでこのホットプレートの登場です」
「オオキイ!」
「なんと!三木さんが慰労会の福引きで当てた超特大サイズです」
「ハハッ。本当はもっとずっと小さい通常サイズが当たったんですけどね。これを引き当てた同僚から、自分は一人暮らしで持て余すから交換してくれと頼まれまして」
「そういう三木さんも一人暮らしじゃないですか」
「それが、お前ならきっとどこかで使うだろうと無理矢理押しつけられちゃいました」
「うーん確かに」
「サッソク ツカッテマスネ」
「はい。実は俺、本当はこれ狙ってたので万々歳です」
「んふ」
「さあ焼きましょうか!」

「さて、お次は特大コロッケです」
「なるほど、先に火を通して味付けした中身をコロッケの形に整形して、あとから表面に薄く揚げた衣をどんどん貼り付けていったんですね」
「ええまあ、なんちゃってコロッケですね。残念ながらこれが丸ごと入るほどの天ぷら鍋は、個人宅で所持は難しいです」
「ヨシダサンチノ フライパン、オオキクテ リッパデス!」
「なので、実際に揚げたのはコロッケの皮だけですけどね」
「ナカ、ホクホク!ソト、サクサク!」
「本当に日本語が堪能になられて」
「千切りキャベツもありますよーー」

「そして絶対に欠かせないのが白ご飯」
「オニニニ!」
「おにぎり」
「おむすび、うーんどっちでも良いかな。コロッケで油を使ったので、ついでに天むす、じゃなくてエビフライむすにしてみました」
「ハハッ!エビがちっちゃく見えますね」
「チッチャクテ オオキイ オニニニ!」

「そして!最後のこれは、サプライズです」
「オー!コレハ、ヒナマツリノ ゴハン!?」
「買い置きのちらし寿司の素で作った混ぜご飯です。特別な食材じゃないですけど、卵と、冷凍してあった残り物のサヤエンドウと今日のトマト。あとはもうエビが無いので冷凍食品のシーフードからエビだけ拝借して」
「俺たちがジャガイモ潰している間に作っちゃうなんて、さすがです」
「やだなあ、おふたりに任せた両方の種作りは結構重労働でしょうに。僕は今回は皮担当で楽ちんでしたから。それに白飯山ほど炊いてありましたからね、混ぜただけです。うーんあとは蛤の潮汁の代わりに、しじみ汁より手っ取り早く松茸のお吸い物でもいいですかねえ。お湯入れるだけのあれですが」
「ヒナマツリ!オイワイ!メデタイ!ヨシダサン、スゴイデス!」
「本当に、すごいです」
「そんなに誉めないでくださいよ。参ったなあ」

「さて、では御馳走が揃ったところでいただきましょうか」
「ハイ!」
「いつもおいしいご飯をありがとうございます」
「ショクノメグミヲ カンシャシマス」
「それでは毎日のおいしいご飯に心からの感謝を込めて」

「「「いただきます!!!」」」

おしまい

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