ミッドナイトシンヨコ生ハムタイム
ぺけ
食は【仕事】だった。
正直胃に物を詰めてる時間があるなら内職の一つでもした方が稼げるし有用だと思っていた。
けれども人間なんて面倒くさいもので、食べなければ死ぬし、空腹になれば勝手にパフォーマンスが下がる。
だから食べた。
働くうえで必要な「三木カナエ」を維持するための【仕事】のひとつとして。
勿論ロボットじゃあるまいし、好き嫌いもあるし、美味しいものは気分が上がる。
けれども別に嫌いなものでも食べられるし、不味くても毒でなければ食べる。
【仕事】だしな。
そう思っていた。
と、シリアスな始まりをしているが、
ここで簡単に今までのあらすじを話そうか。
簡単だ。一行で終わる。
シンジが明け方ポンチフィーバータイムにポチッた生ハムの原木が届いた。
【ミッドナイトシンヨコ生ハムタイム】
「いや、存在感。」
セットで付いてきた台座に鎮座するその姿は、神々しいを通り越しもはや鈍器である。
6キロ?いや7キロだったか。
ちなみに戦犯は床に沈んでいる。腕と腰を痛めたらしい。
非力の極み。
フローリングで己の細腕を嘆くシンジは、前日宅配で届いた鈍器様を玄関から動かせず、俺を呼びだして泣きついてきたのである。
うーん、馬鹿野郎。
「お前、脱稿ハイの時に通販サイト見るの禁止な。」
生ハムの迫力と節々の痛みに呻くシンジを横目に、俺は深いため気を吐いた。
「というわけで、こちら生ハムの原木です。」
「うわーテレビじゃ見るけど、本物なんて初めて。」
「大キイ!モ●ハンデ見マシタ!」
「んふ、確かにこんな武器も肉もありそう。」
翌週生ハムは吉田さん宅にいた。
明らかにシンジの許容量を超えている生ハムを、「便利モブ会」で消費するために俺が隣人二人に頼んだのだ。
快く了承してくれて本当にありがたい。
あらかじめ事情を話してたとはいえ、実際に俺が抱えてきた原木に、吉田さんとクラさんは興味津々といった様子だった。
わかる。俺もシンジのところで最初に見たときは、思わずスマホを取り出していた。
「ゲンボク?木?食ベモノ違イマスカ?デモハム?」
俺たちが舌を巻くほどのスピードで日本語を勉強しているクラさんが、不思議そうにぱしぱしと瞬きながら原木をみている。
その動きが棚の上からこちらを伺っている吉田さんの愛猫とリンクしていて、俺は少し笑いながら口を開いた。
「これは食べ物ですよ。えーと、でっかい豚肉の塊の塩漬けって言えばいいのかな。
燻製、加熱していないので普通のハムとはちょと違います。」
「そうそう。見た目が木に似ているから原木って呼ばれているらしいですよぉ。」
美味しくてお酒にも合うんですよねぇ、との吉田さんのちょっと弾んだ言葉に、クラさんの赤い目がきらきらと輝く。
そういえばこの人もなかなかイケる口だった。
「でも本当にいいんですか?食べる分くらい僕らちゃんとお支払いしますよ。
生ハムの原木って高いって聞きますし…。」
「ミキサン、オ金出ス出ス星人シテマスカ?」
疑わしそうに見られてちょっとたじろぐ。
が、今回は完全に誤解なので、慌てて首を横に振って否定した。
「これは完全に脱稿ハイによるポンチタイムフィーバー漫画家の夜明けの罪なので、お金とか本当の本当に大丈夫です。
お金出したら今度はシンジが発狂しますから。」
むしろ原木と対面したあの日、元凶からは土下座で
金とかいらんから食べるの手伝って!と救援依頼をされた。
そりゃそうだ。
普段ヨーグルトで生きているようなシンジの胃に、お高い生ハムでは3枚くらいで許容量を超えてしまい一生かかっても原木は薄くならないだろう。
編集のクワさんやアシさんは来るのが不定期か、締め切り前だ。
俺もそれなりに食べはするが、たかが知れている。
もう少し協力者が欲しかった。
どうせ食べるなら料理の写真とか取ってきてほしいとのシンジの漫画家らしい要望もあり、
料理上手な吉田さんと健啖家のクラさんにお願いしたのだ。
そうだ、二人とも食に興味があるタイプだからだ。
生ハムの原木とか、二人が見たら驚くよなって考えたことがあったが、
でも俺が買ってったんじゃまた叱られるって泣く泣くあきらめてたとかないし。
これ幸いにと二人のリアクションを見たかったからとかではない。
「こんなにいっぱいあったら色んなことできますよー。
クラッカーに乗せたり、サラダに混ぜたり、パスタにしたり。」
「ラジバンダリ!ナント贅沢ナ!コレガバイキング!」
「うふふ、いつもはビールだけど今日はワインで乾杯しちゃいましょう。」
「オー、ルネッサンス!デスネー。」
「お笑いも勉強範囲でしたっけ?」
………嘘です。見たかったです。
生ハム見てリアクションするおっさん二人が見たかった!です!
期待通りにテンションが上がっている二人に、俺のテンションもそりゃあうなぎ上りだ。
今度シンジにちょっといいヨーグルト持って行ってやろう。
自然と緩む口元を誤魔化しながら、俺は原木のそばに置いていたナイフを取った。
「とりあえず最初はシンプルにそのままいきましょう。」
ちょっと格好をつけてにっと笑いかける俺に、わっと二人が湧く。
「イケメンですねぇ、コレが噂のプラチナさんですか。」
「生ハム切ルプラチナサン。」
生ハム切る派手シャツのプラチナって何だ。
バイト柄、刃物の扱いは慣れているのでここは任せてもらうことにする。
「といっても俺もヌーチューブで勉強しただけなんで、ちゃんとできるかわかんないんですけど。」
そう予防線を張りながらも、動画を思い出しながら手を動かしていく。
まず表面の皮と黄色くなった脂身を取り除く。そうすると白い脂身が見えてきた。
ちなみに使っているナイフは畏怖畏怖クラブでバイトする時のナイフの予備だ。
生ハム用の専用ナイフもセットになっていたが、扱いなれているし、切れ味もお墨付きの方が良い。
今日持ってきたのは未使用品なので問題ない。はずだ。
「綺麗な脂身ですねー。」
吉田さんの感心した声を聴きながら、今度はその白い脂身部分を切り取りにかかる。
「あれ、取っちゃうんですか。」
「少しは残しますけど、脂身が多いもんで。
食べ終わった後に残った原木の上に置いて切り口の乾燥防止とかに使うらしいです。」
「ん-、でも野菜炒めとかに使ったら良さそう。」
「なら少し除けておきます。」
「やった、ありがとうございます。」
「水菜キャットタチ、生ハム食ベルデキル?」
「うちの子達には塩分強すぎますね。残念だけど。」
「アー、水菜サンアレ食ベル駄目デスヨー。」
クラさんの言葉にうにゃん、と彼の膝の上から答える猫は分かっているのかいないのか。
そんなやりとりをしているうちに過食部分の赤みが見えてくる。白い脂身と赤身のコントラストが実に食欲をそそるではないか。
「確か表面に近いのはちょっと生ハムが硬いとかって動画では言ってましたけど、」
「それならその部分は後でクラッカーに乗せて食べましょうか。」
「賛成デス。」
「じゃあ上の方はちょっと小さめに…」
「そうだ三木さん、うちの刺身包丁使います?薄く切るならそっちの方がいいかも。」
「そんなの持ってたんですね。確かにそっちの方が良さそうだ、借りていいです?」
「ちょっと待ってくださいねー。」
ぱたぱたとキッチンに消えた吉田さんはすぐに刺身包丁を持って戻ってきた。
すらりと長いそれはちゃんとお手入れされているのかキレイな状態だ。
それをお借りしてサクサクと生ハムを切り出していく。
予想通り吉田さんの刺身包丁は使いやすかった。
最初は慣れずに、ちょっと厚かったりすぐに切れたりしたが、
数をこなせば感覚が掴めて思い通りにスライスすることが出来る様になっていた。
「三木さん、上手ですねぇ。」
「コレガプラチナサンノチカラ…!」
「どっちかというと吉田さんの刺身包丁の力ですかねぇ。」
そうは言っても賛辞は素直に嬉しい。
ちょっと得意げになりながら生ハム製造機をしていたが、ある程度クラッカー用の生ハムを作り出した後に、
そろそろかと思い幾つかをことさら丁寧にスライスしてお皿に乗せた。
「ちょっとは柔らかい部分に来たかと思うのでどうですか。」
「いよいよ実食ですね。」
「私ワイン開ケテキマス。」
「行動が早い。」
戯れていた猫を丁寧に下ろしたクラさんはワインの元へと飛んでいく。
俺が削いでは皿に盛っていく生ハムを猫と一緒にじっと見てたもんな。
待ちきれなかったのかな、うん。
200年眠っていたというクラさんがこの時代の食を楽しんでくれていることは、
とても良い事だと思うし俺も吉田さんも嬉しい。
ついつい微笑ましい、みたいな顔をしてしまうのが止められない。
「ワイングラスは無いので、何かその辺のグラス好きに使ってください。」
「ハーイ。」
クラさんを待ちながら、この後の生ハムをピザにするかパスタにするか吉田さんと話した。
「やっぱパスタかピザかと思って、冷凍のピザ生地とかパスタとかは用意してます。」
「流石ですね、吉田さん。」
どっちもすぐに作れるように準備しているとか、吉田さんの生ハムへの本気度が高い。
そして正直どっちも美味そうで迷う。
「オ待タセシマシター。」
ううん、と悩むところに、クラさんが戻ってきた。
栓を開けたワインと一緒にクラさんが持ってきたのは吉田さん宅でいつも俺たちがお茶を飲むときに使っているマグカップだった。
「マグカップでワイン。」
「沢山飲メマス。」
「量を取っちゃいましたか。」
「ダメ?」
「んふふ、いいじゃないですか?僕たちっぽくて。」
「確かに。」
俺たちの反応に安心したクラさんがそれぞれのマグカップにワインを注いでいく。
さぁ、これで準備万端だ。
皿に盛った生ハムをそれぞれ手づかみで一枚掬い取る。
おっさんの宅飲みはこれくらい雑でいいんだよな。
「それじゃあ、いただきます。」
「イタダキマス。」
「いただきます。」
生ハムを一枚、口に入れる。
シンジが勢いのままポチッたハモンイベリコ(台座等セットで約15万円)はすごかった。
とろり、と口の中で脂身が甘く溶ける。
生ハム独特の甘くて香ばしいような匂いが広がって鼻から抜けていく。
赤身部分は旨味が強くて肉が濃厚。塩の塩梅もぴったり調度いい。
つまり。
「うっま…!」
「いや、本当。スーパーの生ハムと全然違いますね、コレ。すっごく美味しい。」
くいっとワインを飲んで、合う!と吉田さんは楽しそうだ。
俺もそれに倣いマグカップからワインを一口。
あうー。めっちゃあうー。
感動に震えつつ、次の生ハムに手を伸ばす吉田さんの横に目をやると、
クラさんが完全に停止していた。
思わず吹きだした。
「ぶっ!…ふふ、あまりの美味しさにクラさんがキャパオーバーしてる。」
「宇宙猫みたいになってる。」
「…エ……オイシ…エ…エェ……」
「語彙力が死に始めた。」
「ちいさくてかわいいものみたくなってますねぇ。クラさーん、おーい。」
「吉田サン…コレ…スゴイ……。」
「うんうん、美味しいですねぇ。」
ワインと一緒も美味しいですよ。と吉田さんがクラさんにすすめると、
生ハムとワインを口にしたクラさんが、その合わせ技にまた感動で時を止めている。
俺はもう一枚生ハムを口に放り込む。
良い酒だ。
俺は生ハムの美味さに夢中な二人の姿を肴にワインを呷った。
生ハムピザにするかパスタにするか問題はクラさんがその日麺類推しだったこともあり、
吉田さんの手により生ハムパスタが作られた。
トマトにバジル、それに生ハムがたっぷりのペペロンチーノ。
さっき口にした生ハムとはまた違う味わいに箸が進む。
男子高校生が部活終わりの定食屋で頼む大盛り料理、
くらいの正しく山の様に盛り付けられたそれらは、気付けば三人の胃袋に収まってしまっていた。
一番食べたのがクラさんなのは間違いない。
「クラさんがにんにく平気な吸血鬼でよかったです。」
「吉田サン作ッテクレタ。死ンデモスベテ食ベマス。」
「やめてやめて。おじさんに業を背負わせないで。」
「死んでも吉田さんの料理は残さない気持ちは分かりますが、駄目ですよ。俺が泣きます。」
「隣人が僕の料理の強火担でツライ。」
吉田さんはよよよ、と泣きまねをして見せたが、
俺とクラさんはこれに関してはどこまでも本気なので仕方ないと思う。
それから気を取り直した吉田さんがまたまたあらかじめ用意していたクラッカーの上に、
最初の方に切り出していた生ハムを乗せて楽しんだ。
おしゃれに言うとカナッペというらしいが、
ここにいるのはおじさんだけの為その名を出す者はいない。
生ハムとクリームチーズ、生ハムとはちみつ、生ハムとトマト。
他にもいろいろ組み合わせてどれが最強か選手権みたいなことをあれこれ食べながら話した。
そうして俺の腹も気持ちもたっぷりと満たされた頃には、時計は日付を変えていた。
生ハムパーティーは深夜近くまで続いたことになる。
粗方の片付けを済ませてからは、不覚にもコタツでぐーすか寝ていたらしい俺は慌てて飛び起きた。
その動きにいつの間にか俺の体を枕にしていた吉田家の猫たちが不満そうな声をあげ離れていく。
なんかごめん。
見るとまどろむ前には一緒にコタツに収まっていたクラさんも吉田さんも姿がなく、
キッチンから二人の話し声がした。
しまった、まだ何か片づけてないものがあったのだろうか。
それともクラさんが食べたりなかったりしたかな。
焦った俺が立ち上がるのと、クラさんがこちらにやってくるのは同時だった。
「ミキサン、オキマシタ?」
「はい、すいません俺寝ちゃって…」
あわあわしていると、笑顔のクラさんの後ろから吉田さんも姿を見せた。
「あ、良かった。もうそろそろ起こそうかと思ってクラさんにお願いしたんですよ。
明日、というかもう今日か。三木さん午前中の仕事あるって言ってたでしょ?」
吉田さんの言葉に頷く。確かにバイトの予定を入れていた。
「助かりました。俺、そろそろ自分の部屋に戻りますね。」
名残惜しいがこれ以上は仕事に差し支えるかもしれないので、帰ることにした。
クラさんと吉田さんは休みなので、もう少し吉田家のゲームで遊んでいくらしい。
そういや世間は週末というやつなのだと、こういう時に気付く。
持ち帰るため、生ハムの原木をセットした台座ごと回収しようとしておや、と気づく。
なんか俺がスライスした分より減ったような気がする。
が、いかんせん原木自体がでかい為気のせいか、寝ぼけて記憶が覚醒していない可能性もある。
もしかしたら俺がコタツで寝落ちしている間にやっぱり食べたりなかった二人が、
ちょっと切り出していたかもしれないが、目的は消費の為どちらにしろ大歓迎だ。
なのでそれには特に言及することもなく、台座ごと原木を両手で抱え上げて吉田さん家の玄関に向かう。
両手がふさがるからとサンダルで来たのは正解だった。
「ミキサン、待ッテ。」
「どうしました、クラさん?」
吉田さんが開けてくれたドアを出ようとしたときに、クラさんに呼び止められる。
振り向くと、クラさんが何かを差し出してきた。
「?」
「コレ吉田サント作ルシマシタ!今日ノミキサンノランチ!」
「え。」
「ドーゾ。」
蒼白い手に持っているハンカチに包まれた四角いそれは、ランチボックス、らしい。
俺が状況を理解できていない間に、クラさんにそれをグイっと台座と原木の間に押し込まれた。
「チーズと野菜もたっぷりの生ハムサンドイッチです。
クラさんも頑張って作ってたんで、ちゃんと休憩して食べてくださいね。」
休憩時間を削って仕事しているのがバレている言動にギクリとする俺に向かい、
吉田さんはにっこりと笑うと、俺は背を押されて玄関から外に出されていた。
「後で味の感想聞きますからね。おやすみなさい、三木さん。」
「ミキサンオヤスミナサイ。仕事スルスル星人モ、ダメ!デスヨ!」
ひらひらと俺に向かい手を振る二人に何か言う前に吉田家の扉は閉まってしまった。
マンションの廊下には生ハムの原木とランチボックスを抱えた俺が残された。
扉越しの俺の弱弱しいお礼の言葉は届いただろうか。
食は【仕事】だった。
働くうえで必要な「三木カナエ」を維持するための【仕事】のひとつ。
そう思っていたのだ。
だが。
本日の職場の休憩室。
いつもはコーヒーか、良くて菓子パン、下手すれば休憩を潰して働いているのだが、
今日俺の目の前にはランチボックスがある。
黒のシックなデザインは吉田さんが持つにはいささかごつい大きさと見た目をしている。
吉田さんこんなに食べるのか?もしかして若いときに使ってたやつかな。
考えを巡らしつつ早速横にある留め具を外してふたを開ける。
吉田さんの言っていた通り生ハムのサンドイッチがぎゅうぎゅうに詰まっていた。
生ハム、レタス、トマト、チーズ。
断面がきっちりと並んでいて綺麗に切られているのは吉田さんのサンドイッチだろう。
もうひとつ、具材があちこちひょこりとはみ出していて、それを強引に押し込めたせいで
形が歪んでいるサンドイッチはきっとクラさんだ。
ひとつ手に持って食べる。
野菜の水気もしっかりとられているサンドイッチはべしゃべしゃになることもなく、
生ハムの塩気と野菜の瑞々しさ、マヨネーズのバランスが絶妙だ。
「うん、美味しい。」
きっとあの二人の事だから、同じサンドイッチを自分たちの分も作ってそれぞれ食べているだろう。
そんな妙な確信がある。
それが吉田さんの朝食になるのか、クラさんの夜食になるのかはわからないが。
そうか。
時間と場所が違っても三人で同じもの食べてるのか。俺たち。
途端に何だか自分でも説明できないような愉快な気持ちになって顔が勝手に笑ってしまう。
休憩室に他の人がいなくて良かった。
今度会うときにこのサンドイッチの感謝と感想を二人に伝えて。
そうだ、サンドイッチパーティーも面白いかもしれない。
パンも具材も自由の自由形選手権は盛り上がりそうだ。
でもその前にもう一回くらい生ハムに協力してもらわないといけない。
その時は元凶、もといシンジも同席させてもいいかもしれない。
今度は昨日できなかった生ハムピザを吉田さんに焼いてもらうんだ。
トッピングはきっとクラさんがやりたがるから任せよう。
あぁ、食事をこんな心待ちにすることがあるなんて、
30年は生きているのに人生分からないものだ。
昔、食は【仕事】だった。
では今は。食は俺の【何】になるのだろうか。
言葉は浮かばないが、きっと昔よりは素晴らしいものが入るはずと、
サンドイッチをもう一口齧りながら思ったのだった。
ランチボックスを返す時に吉田さんに、
「意外と大きいランチボックス使ってたんですね。」
と話を振ったところ、
「これ三木さん用で買ったんですよ。また次も何かできそうだったら、これに詰めて渡しますね。」
「ちなみにクラさんは白で、色違いでお揃いなんですよ。」
と言われ、脳がキャパオーバーを起こし吉田家でぶっ倒れたのは数日後の話である。