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 麺、あるいはとある吸血鬼の謀り事

春紅楼 ​ 


 クラさんが麺料理にハマっている。それがここ数週間で俺と吉田さんが出した結論だ。
 山盛りミートボールパスタから始まり、ラーメン(最近出店した人気店の豚骨ラーメン。退治人服のままの俺と、残業終わりでスーツの吉田さん、休みで家着だったクラさんが並んでラーメンを啜る構図はかなりシュールだった)、うどん(惣菜コーナーの天ぷら全部乗せの豪華仕様だった。クラさんは海老天の衣がパリパリの状態で食べるのが好きで、吉田さんは出汁で柔らかくなったのが好きらしい)、ビーフン(筍や椎茸の旨みが凝縮され絶品だった。白米を食べすぎてボトムスが少しきつくなったのは三木だけの秘密である)、その他諸々。
 どれも美味しいので特に事情を聞いたりはしなかったが、やはり気になる。なぜ麺にこだわるのか。
 だいたい一週間に一度、隣人の様子見も兼ねて開催される便利モブオフ会。ここ最近メニューの麺類率はすさまじい。全てクラージィの提案で作られたものだ。
 ならば答えは一つ。彼が個人的に麺類をピックアップしているのだ。……ポンチのしわざじゃないだろうな。吸血鬼麺のパワーとか普通にいそうで困る。この終末(変態)の地ことシンヨコには。ラーメン屋を経営する吸血鬼はいるし。
 つらつら考えているとスマホが震えた。画面には「吉田さん」の文字。ワンコールで取れば、馴染みの穏やかな声が聞こえてきた。
「お疲れ様です吉田さん」
「お疲れ様です三木さん。今日もクラさん、張り切ってますよ」
「ならまた…」「そうです」
麺類だな。言葉にせずともわかった。
「ちなみに何を」「あぁ今日はね」
にゅうめんだそうです。

 


 淡い鶏出汁にわけぎの深緑が映える。彩りと味のアクセントに添えた柚子は、香りで確かに主張する。この時期の退治人は柚子を山ほどもらう。おおむね若い胃袋を頼みに、市民の皆様が善意で渡してくるものだ。
 とはいえみんな発想は似通ってくるのか、季節物はかなりダブってくる。三木ですら家に柚子が複数個ある始末だ。一人で食べるにはどうしても飽きがくる、かといって捨てるのも忍びない。そこで便利モブオフ会である。加えて柚子湯用にも一つずつ譲渡した三木に死角はない。持つべき者は便利モブ属性の友人たちだ。
 そんな友人たちの一人で、今回のメニューを作った吸血鬼がそわそわとせわしなくこちらを伺ってくる。うっかり回想に浸って待たせてしまったようだ。
「三木サン何カオカシイデスカ」
「いえ。お腹空きましたし早く食べましょうか」
「ソウシマショウ!」

 


 いただきます、と唱和し、一口目を啜る。薄い色のスープは、淡白だが旨みが詰まっている。曇った眼鏡を拭きながら食べる隣人も、勢いは衰えていない。この歳になってくると量がある物、味の濃い物に対する思いは複雑になる。若い頃は純粋に嬉しかったが、今では胃のキャパシティへの懸念が先に来てしまう。薄味で適量、お腹も温まるにゅうめんなら、いろいろと気になる年頃の成人男性二人も気がねなく楽しめる。
 しばらく麺を啜り、かまぼこを一齧りする。こうした具をいつ食べるかにも性格が出る。吉田さんは箸休めとして合間に食べるし、クラさんはシメとして残しておく派らしい。三木はタイミングを迷ううちに機会を逃すタイプだ。しかし二人を見習って、ここは早めに味わっておこう。

 


 じんわりとお腹が温かい。三つ並んだ器は汁まで飲み干され、舐めたように綺麗だ。貴重な休みにわざわざ鰹節から出汁をとったと聞いた。飲まずに捨てるのはあまりにもったいない。
 しかしピカピカのどんぶりを前にしても、なぜか隣人の顔は暗い。ちら、ともう一人の隣人を伺えばこちらも困惑顔だ。心当たりはないらしい。少しの沈黙を挟み意を決して、という風にクラさんが口を開いた。
「ゴメンナサイ、三木サン、吉田サン。オ二人ニ隠シ事ヲシテイマシタ」
 思わず顔を見合わせる。何だ、我々に謝らないといけないような「隠し事」とは。目線で続きを促せば、ぽつぽつと話し出す。
「コノ間ドラルクニ聞キマシタ。コノ国デハ一年ノ終ワリニ蕎麦トイウ食ベ物ヲ食ベルコトデ長生きト一年ノ健康ヲ願ウト」
「あぁ、年越しそば。ドラルクさんのところでも作るのかな」
「日本に来て長いですよね、ドラルクさん。かなりのベテランかも」
「美味しそうですねぇ」
「シカシ!!」
 突然の大声に和やかになりかけた空気が引き締まる。
「私ハ抑エラレマセンデシタ。吸血鬼トシテノ欲望ヲ。来年ノ健康ダケデナク、コノ先何十年モオ二人ニハ元気デイテモライタイト」
 いい事なのでは?予期せず末長い健康を祈られていてなんだか気恥ずかしい。吉田さんをチラ見すると向こうも必死に何らかの感情を堪えていた。わかりますよ。
「ナノデハカリゴトヲシマシタ。蕎麦ダケデハ心モトナイ、モット術ヲ重ネナケレバト」
 はかりごと。一年強の異国生活で随分と難しい語彙が身についている。やばいぞ涙が出そうだ。この人の遠い親戚か俺は。またクラさんの口座に現金を振り込みそうになって安眠体制を作られてしまう。ホットミルクとブランケットと異国の子守唄の3コンボで見事に眠らされたのは俺です。鮮やかな手際だった。あと術ってなんだ。せいぜい民間信仰か慣習レベルだと思う。
「私ハ調ベマシタ。蕎麦ハ細クテ長イ。ユエニ長寿ヲ表シテイルノダト。デハ細ク長イノナラバ同ジ効果ガ出ル。ダカラバフガイッパイカカリマス!」
「なるほど、一理ありますね」
「クラさんの言う事を全て肯定するのはやめた方がいいですよ三木さん。現実でバフはかかりません。……じゃあ、今までの麺はすべて。」
「ハイ。コレコソガ私ノM(麺)計画…」
「年の瀬に突如としてヒットを叩き出しそうな戦場帰りの男と妖怪の男が主人公の某アニメ映画っぽい要素がある計画ですね」
「三木さん??」
 しまった突如謎の何かしらを受信してしまった。唐突な茶々?にも動じないクラさんはスッと頭を差し出した。
「健康ト長寿ヲ願ッタトハイエ、オ二人ニ内緒デ術ヲカケタ事ニ変ワリアリマセン。私ハ罰ヲ受ケルベキデス。ドノヨウナ罰モ受ケマス」
 神妙に黙りこんだ真面目な吸血鬼を前に、モブ二人も口をつぐむ。はっきりと言ってしまえば困惑していた。術…術??正直嬉しさ99%、困惑1%で何も困る事がない。むしろクラさんにこんなに想ってもらえていた事実がありえないくらい尊い。やはり上着のポケットにサイレントお年玉を仕込むくらいはさせて欲しい。だが、この隣人は妙に強情なところがある。こちらから「罰」を提案しない限りは決して引き下がらないだろう。さてどうしたものか、と考え込む。善良でまっすぐな隣人に、罰を与えるのはどうにも気が引ける。シンジならまだしも。

 


 長考に入った自分と対照に、吉田さんのメガネがきらりと光った。
「クラさん、ではこんなのはどうでしょう」
「ハイ」
 まるで裁きの時を待つようにシリアスな顔のクラさん。ここだけ作画が違いすぎる。
「実は年越しそば、と一口に言っても地域によって違うらしいんですよ」
「ソウナノデスカ!?」
「らしいですね。うちはにしんそばでした」
 他にも大根おろしがかかってたり、海藻をつなぎに使った麺だったりといろいろなケースがある。年末バイトで鉄板の話題なので、三木もいろいろと耳にしている。もっとバリエーション豊かなのが雑煮だ。餅、出汁、具材で無限の組み合わせが飛び出してくる。
「今思いついたんですが、年末はいろんな年越しそばを堪能したいなと。僕だけでは胃腸的な意味で厳しいので、クラさんにも協力してもらいたくて」
「!!デモ……」
「忙しい年末を僕らのために割かなくてはいけないという『罰』です。三木さんもきちんと『罰』が遂行されるよう見張り役をお願いしますね」
 レンズの奥にいたずらっぽい光が宿る。罰という名の便利モブ年越し会だ。オフ会を開かなければ、吉田さんが意外とお茶目だと気づく事はなかっただろう。こんな風に。
「バ、罰ハ受ケナケレバナリマセン」
「うふふ、年末は開けておいて下さいね」
 未だ頭を下げたままの隣人の耳はほのかに赤い。だが三木はそれを黙っておくことにした。自分にはこれから、あらゆるツテを使って年越しそばビュッフェに必要な材料をかき集める重要任務がある。どこにだってツテはある、腕の見せ所だ。


 何せ自分は「便利モブ」なのだから。

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